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この間フィンランド大使館でスピーチをした時に、「オープン・システムがイノベーションには良いというが、国家の場合、皆オープンにして良いのか、何か守るべきものがあるのでは?」という質問が出て、私には答えが思いつかず、考えさせられたことをご紹介しました。

先日参加したワシントンDCの米国競争力評議会のAnnual meetingでも、パネルの後、「オープンにしてしまうと、皆競争相手―これは企業も国もーにとられてしまい、結局負けてしまうのではないか?」という質問が出ました。フィンランド大使館の時からずっと頭の片隅にあった課題だったので、この質問にパネリストがどう答えるか、はとても関心がありました。 

複数のパネリストがそれぞれ自分の見解を述べましたが、オープンにしたほうがメリットが大きいのではないかということが結論でした。「開放すると真似されて負けるという可能性はあるが、これだけICTが進み、情報がすぐ伝わる時代だから、クローズにしても結局わかってしまう。それなら世界から広くアイディアや多くの意見を求めたほうが良い」という所に落ち着いたわけです。

 

私がこの議論で興味深いと思ったのは、まずどこでも同じような問題意識を持っていると実感した点です。それから、Secretary of Commerceがランチのスピーチで「米国は今後もオープン、移民も受け入れる、自由こそわが国の基本」といっているような席でも、こうした質問が出てくる点です。パネリストの中には、「固有の技術などを守ろうとする傾向の強い企業の寿命とパブリックな観点から知的資産を公開しようとする大学の寿命を比べると、後者のほうがずっと長い、この事例からも公開することの意義が明確」といっている人もいて(こういう視点もあるのか、と思いましたが)、この一連のやりとりはとても印象に残りました。

 

さらにその後東京に帰ってきてから、「COCがすばらしいのは、提案や報告書にとどまらず、法律や予算に結びつくように実行する点だ」とある友人に話していたら、「それはそうした報告書が広く公開され、プロセスがTransparentだから、実行計画もできるし、その進捗状況もモニターできるのだ」といわれました。

「なるほど、オープンとTransparentが結びつくのか」と思っていた所、数日前京都で行われたフォーラムで、また関連のある話を聞いたのです。 

それは、基調講演をしたスピーカーが、昨年のビジネス雑誌Timeの「今年の話題の人-それは貴方」という年末号の表紙を見せて、最近のICTの進歩は、従来型の供給者(左側にいる)主導から、右側に位置し、受け手として消極的な役割しか果たさないと思われていた消費者、患者(病院でいえば)、学生(大学でいえば)などに、主体的な参加の可能性、積極的な役割を果たす機会を広げているといっていたからです。

 その講演のメッセージは、「ICTの進歩により、価値の創造が民主化(Democratization of value creation)されつつある」、そしてこういう時代には、「共創の場にいかに個人を引き入れるか」「そのインターアクションが価値創造の要諦である」 「製品・サービス」から「経験」へのシフトが起こっている」「いかにプロセスをTransparentにして開放するかが鍵」「開放しなくてもICTの手段があるから、結局右側にいる人々がコミュニケーション、交流する」というものでした。

この話を聞いていて、オープンとTransparentが結びつき、それまで考えていた「ICTは、世界の誰にでもすばらしい機会を提供する」という確信が強くなったのです。開放するということは誰でも発言できるということですし、そのためには、プロセスやルールがわかりやすくなくてはならない、密室・ブラックボックスではならない、Transparentでないと世界の知恵をいかすことができないということだと思います。

このテーマは私の頭の中で、まだ十分明確になったわけではありませんが、こうして、断片的に聞いていた話や疑問がしだいに明らかになっていく、違う視点からものを見るようになる、今まで結びつくと思っていなかったことが結びつくなどは、とてもExcitingなプロセスです。

 

東京のフィンランド大使館に始まり、ワシントンDC、京都といろいろな所での経験や話がこうしてつながっていくと、多様な人との接触、話などがいかにすばらしいか、と実感できます。

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