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 最近何度か、「国を想う心」(特に若い人が)を考えさせられることが続きました。まず第一は、数日前に、防衛省陸上幕僚監部防衛部長の番匠さんのお話を聞いた時のことです。番匠さんは2004年に、イラク人道支援活動の第1次イラク復興支援隊長でいらしたのですが、そもそも防衛省、自衛隊、自衛官の任務の本質は「すばらしい国、日本を守ること」であるというお話から始まりました。イラクでのいろいろなお話(ほとんどは私にとってはじめてのことでしたのでとても印象深かったのですが)とともに、若い自衛隊の方々が、国を守ることをどれだけ強く感じているか、ということを伺いました。

 私が何年か住んだ経験のある米国では、「自分や家族の命を守るのは自分である」という意識が一般的にとても強いので、自分たちのために命をかけてくれる軍や消防士などへの尊敬の念は、とても強く、そうして命を自分たちのために亡くした人たちへの感謝の気持ちは、とても深いものがあるといつも感じています。もちろんそうした仕事につく人たちの意識はとても高く、また家族もそれをとても誇りにしています。これまでは日本でそうしたことに触れることがあまりなかったので、同じようなことが日本でもあるのだということがわかって、とても感銘を受けました。

 次は、「羽生善治と現代将棋」の英訳プロジェクトでのコメントを見たことです。このすばらしいプロジェクトを始めた方々は、「日本のWeb世界がとかくマイナスの方向に走ってしまうことに対抗して、もっとプラス、Positiveなものにしたいという気概でやっている」というような(私の理解です)ことが書いてありました。これも国を想う、自分たちの国をよりよくしたいというあらわれなのだと思いました。

 また今教えている「競争力」のコースでは、国(や地域、都市)の経済開発、発展、競争力向上(ここでいう競争力はゼロサム・ゲームではなく、みなが繁栄するといういうプラスの意味で使っています)がテーマですが、それを12カ国出身の若い大学院生と議論する中で、みなが自分の国を想い、実際何ができるか、どうしたらよいのか、を真剣に考えていることを強く感じ、とても感動することが多いのです。

 こうした国を想う心はだれもがもっているものではないか、そしてそれが自分の国だけがよければというレベルを超えて、世界全体をよくするという方向に向かえるのではないか、と思われます。そしてこうした気持ちと行動が続けられれば、とても希望が持てると思います。有名なJohn F. Kennedy大統領の就任演説にある「国がしてくれることでなく、何を自分たちが国のためにできるのか、を考えよう」という言葉を思い出します。

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