一日あいてしまいましたが、一昨日から書き始めた今年の夏Part2です。For English=> 7月末に日本に1週間連日、セミナーやワークショップをして、元気を取り戻し、やる気にもなって、「さあ、カナダでの後半3週間は、いろいろなことに追われず、リラックスして、新しい計画をたてよう!」と計画していました。成田から出発するその日まで、父と朝食を一緒にしたり、急に依頼されたインタビューなどを終えて、すっきりした気分でカナダに行くはずだったのですが、その直前に、あれ?まずい!ということが起こりました。

7月初めが締め切りに少し遅れて提出した世界経済フォーラムのレポートの私担当の章のドラフトに、委員会のChairから、「メッセージがはっきりしない、章の位置づけもわからない」というコメントが来たのです。余裕がない中、何とか締切に間に合わせたドラフトだったので、自分でも期待されているレベルに達していないなあ、と感じてはいたのですが、通常はとても穏やかなChairの抑えたコメント(細かいコメントをする以前の問題という感じ)から推測して、これはかなりまずい!と気がつきました。

成田を出る直前にこのコメントが来たので、まずカナダにいってから考えようと、またバンクーバーの空港から3時間のドライブをして(先回よりはずっと元気でしたが)、ウィスラーにつきました。リラックスした休暇という夢ははかなく破れ、3日間ほど朝から晩までもらったコメントやほかの人が担当しているドラフト(Chairはすべてのドラフトに細かいコメントをしていて、それが皆にコピーされてきていたのです)を見て、期待レベルを推測し、まずアウトラインを書くことにしました。(章もそれほどの量ではないのですが、そもそも狙いがまったく違う、ポイントがあっていない、ということだったので、アウトラインから始めることにしたのです) 3日間くらいかけて何度も書き直し、Chairに送った所、「このアウトラインなら、目指すものにかなり近い、後は、これに中身を肉付けすればよい」というコメントが返ってきました。自分としては何とかできることをしたと考えていましたが、このコメントが返ってくるまでの数時間は生きた心地がしませんでした。

それから、新たなアウトラインにそって、日本に何度も問い合わせ、資料を送ってもらっては、毎日それを読みながら、ドラフトを書き進めました。結局、休暇の後半は毎日この作業を繰り返していました。

日本の事例は、1)教育程度が高いのに労働市場での活躍度合が低い女性、と2)高齢化する中でいかに新しいスキルを学び続けるか、というlifelong learningが2つの課題でした。教育と雇用、スキルの問題ー特に女性の活用ーは、これまでも、また安倍政権の成長戦略のひとつの柱としても注力されていていろいろな政策や試みがなされているのですが、結果がほとんど出ていないのです。一方高齢者の。。の課題は、日本では企業も教育機関も問題への感度が低く、解決はほとんど考えられていない、特にlifelong  learningというコンセプト自体が日本にはなさそうだ、ということに行き当たりました。

いずれもあまり元気がでる話ではないので、ちょっと暗い気持ちになって、これからどうしよう!と思っていた所、私も高齢者のリスキリングの対象だ!と気がつきました。自分が実験台になれる!と気がついた所で、世界が開かれたのです。(ここはブログにも書いています)

このドラフトは、まだ次の締切に迫られて苦労している所なのですが、自分がいっていることを自分が実践できるという発見は、先に光が見えない2つの課題を生きたものにする効果がありました。

というわけで、今年の夏は、それまでは知らなかった自分を知る、体力も知力も下降気味でも、それ自体を活用(逆用?)し、自分を実験台にして、新しい道を探るという機会になりました。

年齢を重ねてくると、意識していなくても、自分の「やり方」が固定化してしまったり、経験から「こうに違いない」と思い込んでしまって、新しいやり方を試さない、人が試そうとすると、強い調子で断定的に否定してしまうことがあります。自分の経験が過去から続いているために、今の時代だけを生きている人と、感覚が違ったり、意識がすれ違うことが多々あります。 過去は過去として、いかに今、これからを生きていくか、を実践したいと思います。