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いろいろな活動をしていると、それに熱心であればあるほど、自分たちの活動が世界のすべて!と考えてしまう傾向があります。For English=> それ自体はパッションを持って活動しているため悪いことではないのですが、そのためにバランス感覚を失ってしまうと問題です。

最近、何度か、バランス感覚の重要性を感じたことがありました。ひとつはアブダビでも議論をしていたGACのレポートです。ここまで皆メンバーはいろいろ苦労してきたため、何とか多くの人に知らせたい、人財・教育・スキルはとても重要な世界の課題だから、みな関心を持つだろう!と考えて、いろいろな計画をたてていたのです。(周囲の人に話すと、みなそれぞれ自分たちの課題が重要と考えていることがわかりました!)

私が始めたコースでも同様で、こんなことをやりたい、と説明しているうちに、大学院の学生にとっては数あるコースのひとつであること、就職や家族など、ほかにいろいろな課題があることを忘れてしまうことがあります。またこんなアイデアを伝えたいという気持ちばかりが先走って、むやみにメールや電話をしてきて、今時間の余裕がない、といっても一方的に知らせてくる人もいます。(自分もそうかなあ、と反省してしまいます!)

人々にはそれぞれの生活も目標も、しなくてはならないこともある、だから、私たちの活動やプランはそのごく一部でしかない、ということを忘れてしまうのです。パッションはよいのですが、結局は相手にわかってもらって実行してもらわなければ意味がないのですから、一歩下がって、全体像を見て、相手の立場にたって(これは実はかなり難しい!)考え、知らせ、わかってもらう必要があります。バランス感覚、相手の世界における自分の位置を知るということ、視座ともいえるかもしれません。わかっていても自分が当事者になると、「言うは易く行うは難し」です。。。

私がずいぶん前にコンサルティング会社に入ったばかりのころ、書店にいったら、ビジネス関係の本は全体の一部、その中でも私の会社の本(オフィスではこればかり!)はその中でもごくごく一部だ!と発見して、ああそうか!と思ったことを思い出します。自分の知る世界はごく一部、世界はもっと広い、視座が必要と感じます。

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