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  「世界級キャリア」でも世界に通じるプロになるために、「表現力」の重要性を語っています。表現力を磨くひとつの方法として、会議などの場で、自分の意見をいうことが考えられます。これは重要ですが、明快なメッセージ(結論)があり、まとまったことを言うのはなかなか難しいことも事実です。自分がよく知っている分野であり、周囲にいるのがよく知っている人の場合は、それほどではありませんが、それでも簡潔に誰にでもわかりやすく、意見を主張する、また違う意見の人がいる時に、むきにならず、意見の違いがどこにあるのかを見極めて、建設的に意見を戦わせ、何らかの結論にまとめあげることには、かなりの能力や経験が必要です。 

 そこで、あまりこうした経験がない、得られない方々に、私が第1歩としてお勧めするのが、会議や講演などにいったら、何しろひとつは質問するというやり方です。質問といっても、難しいことを聞く必要はなく、話を聞いている中で、自分が疑問に思ったことを素直に聞けば良いと思います。

質問することの意義は、自分の心に浮かんだ疑問を明らかにするという第一の理由以外に、質問しようとすると集中して聞いていなくてはならないから良い、つまり眠くならない、という効用があります。なにか質問をしよう(ここでいう質問とは、自分の主張をして、とってつけたように、「あなたはどう思いますか」という時々みかける「一見質問、実は自分の主張」ではなく、真の意味での質問を指しています)と構えていると、よく元の話を聞いていなくてはなりませんし、それも考えながら聞く必要があります。

 24時間週7日体制で世界が動いている今の時代にあっては、時間は誰にでも平等に与えられたすばらしい資源であると同時に、無駄にすると2度と戻ってこない貴重な資源でもあります。そこでノートをとっておき(最近ではスライド・ファイルを後でもらうという手もありますし、デジカメで写真をとっておいて、あとで復習するという手もあります)、後で復習しようというやり方は効果的ではありません。(大体後でやろうとして、やったためしがない!という方が実態に近いと思います)。そうなると、聞きながら考える、疑問はその場で明らかにするというやり方のほうが効果的です。そこで、質問の意義が増すわけです。

私自身も、この方法をとり、ほとんどどんな場合でも何か質問やコメントをしようと常に心がけています。もうひとつ質問の効用は、一人が質問すると、ほかの人もそれにつられて質問する、そこで、議論が始まる、いろいろなアイディアが出るという点です。つまり、セッション全体を活性化するためにも質問は意義があります。特に昼食の後、眠い、少し飽きた、集中心がなくなりそうという時期に、誰かが質問をすると、場の雰囲気が変わり、場にエネルギーが戻ってくることもあります。

 しかし、時々失敗するのは、明らかに場が沈んでいくので、何か質問をしようと思っても、自分自身も疲れてきて、質問が思い浮かばない場合です。「ご質問は」といわれているのに、誰も質問しないので、スピーカーは手持ち無沙汰、司会進行役はどうしたものか?と思って、幾分場がしらけそうになっている場合、何でも良いから質問してしまおうとして、かなり変な質問をしてしまうことです。実際私もこうした経験が時々あります。(自分でもまとまっていないのだから、仕方がないといえばそうなのですが) 

 もうひとつ質問の失敗は、質問はしたが、答えを聞いていなかったというパターンです。初めての場所、はじめての人が多い、かなり重要な会議など公の場で質問をするのには、覚悟(というほどではないのですが、幾分のガッツ)が必要です。「決死の覚悟」で質問を考え、どういえば相手にわかりやすいか、など考えながらやっとのことで質問をしたのは良いのですが、それでエネルギーと集中力を使い果たしてしまい、肝心な疑問点を答えてくれているのに、頭は真っ白、あとで見ると何もノートをとらなかったということもあります。「質問と答え」で1セットなのですが、リハーサル(かそれ以前の助走)で疲れた、試合前の練習でエネルギーを使い果たしたということです。 

 最近も、私自身、この2つの失敗(Don’ts)をしました。いつも質問をするように心がけ(Do’s)、ある程度質問をするのになれていても、こんな状況です。でもあきらめずに、まず質問するという第1歩(Do ask questions)から始めましょう。次第になれてくれば、こうした失敗もだんだん少なくなっていくと思います。 

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