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 私のいる一橋大学大学院国際企業戦略研究科(ICSと略称、MBAプログラムを英語で提供するビジネス・スクール)では、ケース・スタディという事例研究を多くのコースで教材に用います。私がそもそもビジネス・スクールというものに触れたのも、ケース・スタディを通してですし、ケース討論はやっている方も参加している方も常に緊張感があり、毎回何が起こるかわからない、非常にうまく行く時もあれば、全然うまく行かないこともあるという点で、講義などとは全く違ったスタイルです。
 そういうケース・スタディにもいろいろな種類があって、ハーバード・ビジネス・スクールで用いられる数ページから数十ページに至るケースもありますし(一橋ビジネス・レビューにも毎号ビジネスケースとして出ています)、もっと短いミニ・ケース(1ページ程度)などもあります。
 私自身は、統計的手法を使う研究方法や、ただテキストを講義するやり方よりは、企業研究のためにケース・スタディを書いたり、クラスでケースを使った討論をする方が好きです。ケース・スタディのおもしろさは、ケースに登場する主人公になりかわって問題をとらえ、解決案を考え、その実行計画を作ってみるというシミュレーションにあります。ビジネスの世界を反映したケース・スタディを毎日いくつかやっていけば、いろいろな業界の特性や状況もわかりますし、またいろいろな状況で意思決定をするとはどういうことなのか、何が難しいのか、などを数多くシミュレーションすることができます。
  一方、ケース討論をリードする講師からすると、講義に比べ、毎回何が起こるかわからないという不確実性、いろいろな意見を引き出し、議論の交通整理をする技術、終わるまでに、ある程度、参加者に「学んでほしいテーマ」を伝えるという活動が必要となります。どういう順序で議論を進めるか、時間配分はどうするか、誰を指すかなど、かなり詳細にわたるプランを持って、周到に準備しますが、実際に何が起こるかわからない、その場で臨機応変に対応していくというスリルと緊張感があります。
 

 ケース・スタディには、通常いくつかの質問項目Discussion Questionがついていて、ケースを読む参加者がどういうプロセスで問題を考えたら良いか、指針が与えられます。この質問項目はあくまでも問題を考える上でのプロセスをガイドするものなので、質問1の答え、次は質問2の答えとばらばらに考えるのではなく、全体を眺めて問題を考えるのが参加者として準備する場合のコツです。(講師の中には、最後の質問からクラスをはじめる人、全く質問項目から離れたことからはじめる人などさまざまですし、実際、どう始めるかは毎回工夫のしどころでもあります)


 最近、私がケース・スタディについて試したことが2つあります。ひとつはケースやミニ・ケースではなく、ビジネス雑誌や新聞の記事をいくつか持ってきて、それを題材にして討論する方法です。もちろんこうした記事には、データがそろっているわけではないので、現時点での仮説は何か、それを検証するための分析は、そのためにどんなデータが必要か、その情報収集方法は、などと議論しながら進めていくやり方です。これは現在起こっていることを題材にできるという点で非常におもしろいやり方です。
 また最近遭遇したもうひとつのやり方は、質問項目を全く出さず、「このケースを読んで。。。」と漠然とした課題を出すことです。ごく最近、何度か今までに使ったケース・スタディを用いて、企業の方々とこうした試みをしました。2つのチームが、それぞれ漠然とした質問に対して、いろいろ考え、プレゼンテーションをしました。これは非常に興味深く、こういう読み方もあるのか、こうした視点も考えられるのか、と非常に新鮮な経験でした。
 普通ケース・スタディは、何らか伝えたいテーマがあり、それを想定して(質問項目はもとより、最終的な着地点まで)書くのですが、質問をしないと、ケースから自由に相手がいろいろなメッセージや教訓を読み取ることができるわけです。同時に、ケースを書いた私自身も考えなかったようなことが出てきて、とても面白いと思いました。特に、今のように指針がない時代、指針を自ら作っていかなくてはならない時代においては、こうしたやり方も良いのではないか、と思いました。
 

 さらにケース・スタディでは、質問を繰り返し、意見の違いの背景などを明らかにしたり、あるアイディアに対して賛成・反対という違いを浮き立たせて議論を深めていくことが重要ですが、そこで鍵となるのが質問の流れです。たとえば、私がよく用いる方法は、お互いに意見が違うと本人がいわなくても、「貴方の意見は、さっきのXXさんの意見と真っ向から逆だが、どう反論するのか」など、違いを際立たせて、二人の間、それからそれぞれの陣営に賛成する学生同士で議論をたたかわせるように仕向けるというやり方です。
 またフォローアップの質問も有効です。 ICSなどビジネス・スクールでは、クラスにおける貢献度(つまりどれだけ発言したか、どんな発言をしたかという量と質)が成績の大きな部分を占めるので、参加者は皆必死で良い発言をして、クラスに貢献しようとします。クラスには50人くらいの学生がいるので、皆毎回発言することを目標に準備します。そこで、1度発言すると、この間のブログでも書いたように「安心」してしまうことがあります。こうした傾向を防ぐのが、フォローの質問、質問をたたみかけるというやり方です。
 私はこの方法をハーバードのマイケル・ポーター教授のクラス討論のビデオを何度も見て、学びました。ポーター教授のやり方は、学生が質問に答えて、何か発言しても、「同じことをしている企業(都市・国の場合も競争力というコースではあります)があるのに、なぜこの企業は違うのか」「だから何なのか」「先ほどのことと今の因果関係はどうなっているのか」などと、どんどん追及していきます。学生も次から次へと質問がくるので、かなりよく考えておかなくてはならないことを知るわけです。
 こうしたやり方は、日本よりは欧米によく見られるように思われます。国際会議のパネル・ディスカッションでもモデレーターが同じ人に対して、何度も何度も質問を変えて追求するような光景が見られます。一方、あまりそこまで追求しては、と少し遠慮がち、したがって議論が進まないことが日本(これはかなり大雑把な言い方ですが)の会議などでは見られるようです。そういう場では、議論は議論、賛成や反対は当たり前という姿勢で、ガンガンやるのが良いのではないでしょうか。

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コメント

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  • コメント (2)

    • Yamatsu
    • 2007年 11月 20日

    こんばんは。先日(11月17日)某企業において先生のクラスに参加させて頂いた者です。ふと思い立ってお名前を検索しているうちに、いつの間にやらこちらに辿り着いた様です。クラスでは大変興味深いお話をありがとうございました。

    私はこちらにも触れておいでの、質問のない課題を担当した一人です。確かにこの様な課題に対する若干の戸惑いもありました。しかしそれよりも、一連の作業には一つの作品を作り上げる様な楽しさがありましたよ。出題側の予期せぬ回答となったとのことですが、ある意味回答側の意識をも超えた部分があり、非常に興味く感じました。貴重な体験をさせて頂きました事、お礼申し上げます。

    突然寒くなりました。お体をご自愛の上、益々ご活躍下さいませ。

    新聞を定期購読しない困り者より

    • yishikura
    • 2007年 11月 21日

    石倉です。コメントありがとうございました。こういうことをすると、予想もしなかったことが起こり、とても興味深いので、ちょっと「はまって」しまいます。
    「いつもこうやっているから」とか「これで今までうまくいってきたから」ということを忘れて、新たにいろいろ試してみるのが良いですね。(特に2番目は曲者です!) そのためには、やはり全く分野の違う方々とあったり、違う世界に触れたりするのが手っ取り早いと思います。

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