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私の父は92歳で母が2年前に亡くなった後、私のアパートから比較的近い(タクシーで15分位)シニア・レジデンスに住んでいます。歩くのがとてもはやかったのですが(私も父の歩き方に似ているみたいです!)、ここ1年位急激に足が弱くなって、今はキャリー?というものを使っています。
足の状態は、かなり良い時もあれば(キャリーを押していく位)、とても危なくて、食事をするテーブルにつくのも一苦労という時もあります。

昨日は私のアパートに来て食事をしたのですが、歯が弱くなっていて(歯はとても丈夫で、まだ自前です!)、固いものを食べるのがなかなか大変になっています。

FullSizeRender (20) 先週シニアレジデンスで一緒に食事をした時は全然そんな感じがなかったので、急にかもしれません。さらに、たまたま昨日はステーキにしてしまったので、小さく切って食べるのがなかなか大変でした。でも玄関までは車いすで、そこからはタクシーで帰ったのです。

FullSizeRender (19)そうした所、今朝、電話があちこちにかかってきて、「何か大変なことが起こっているのではないか」という不安に取りつかれてしまっていました。私が何度も電話で大丈夫といっても、また電話がかかってきたり、時々訪問してくれる従姉妹にも電話して緊急だから来てほしい、といったそうです。

思い返すと昨年も今頃?朝5時ころ私の所に来なくてはならない、とレジデンスの人や私のアパートの守衛さんに無理に頼んだことがあったので、夢を見たのかもしれません。

このように高齢化の現実を見ていると(もちろんn=1ですから一般化はできないのですが)、変化の急激なことに驚きます。良い方向にいっているかな、と思うと、全然違ったりということがよくありますし、思いもかけないような状況になることがあります。

高齢化はその人その人で違うので、前もって計画したり、予定しておくことができないことがよくわかります。変化の急なことは今の世界の変化の加速化にも負けないと思いますし、何が起こるかわからないというのも世界と同じという感じがします。 戦略?をたてておくのではなく、兆しに敏感で、柔軟にそしてResilienceで対応するのがよさそうです。

そう考えると、高齢化は世界の変化への対応のシミュレーションともいえるかもしれません。(ちょっと飛躍していますが。。)

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