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会議でパネリストやモデレーターをしたり、講演や対談、インタビュー、参加者としての質問などいろいろな経験をすることも大事ですが、重要なのは、その後どのようなフォローをするか、どんなことを学ぶかだと私は思います。
セミナーでの講演やパネリスト、モデレーターなどをする場合は、その場でのアンケートの結果や、最近ではいろいろなブログに、反応がすぐそして広い範囲からあらわれます。それをよく見てみると、いろいろな意見がありますが、自分でも納得するコメントなどが見られることが多いです。意外な意見や、こういう風に見られたのか、とびっくりすることもありますが、外から自分を見るのはとても有益だと思います。
また、こうした周囲からの反応とともに、自らが感じた印象も重要です。聞いている人たちの反応もよく、質疑応答などもエキサイティングでその場にエネルギーが感じられ、充実していたと思うときもあれば、何となくうまくいかなかったと思うことも、大失敗だったというのまで、いろいろ自分で感じることがあります。
一緒にパネルをした人、対談の相手、その場のモデレーターやディスカッション・リーダーからも学ぶ点は多々あります。話が上手だなあ、聞いている人が関心のある内容をわかりやすく話すなあと心から感心することもありますし、(たとえば先日アカデミーヒルズでサマーダボス in 大連の報告会の竹中平蔵さんなど) 議論の進め方や皆を巻き込むやり方が素晴らしいと思う人(大連のRichard Pascale)もいます。一方、私がインタビュアーの場合、質問に答えていない(意識して、あるいは無意識で)なあと思うこと(これはインタビューをしている立場からは、かなり困ります)もあります。

質問は、その場その場で臨機応変に対応していくのですが、うまくいったと思うときも、何しろ必死でやった!と感じ、冷や汗という場合もあります。質問にうまく答えていないなあと自分で思いながら、何かしゃべるのはかなりの苦痛でもあります。(でもどうしようもないので何とかやりますが。。)

日本語でもこうした質疑応答や発言はなかなか難しいのですが、それが母国語でない英語となると、負担は桁違いに大きくなります。自分が内容をよく知っていて、メッセージが明快な場合は、英語でもそれほど大変ではありませんが、あまりよく知らない、その場で聞かれてわかりやすいメッセージが浮かばない場合は、三重苦です。私は子供の時に英語を習った帰国子女ではなく(大学3年の時に初めて外国に行った)、英語は「習った」言語でありツールなので、とっさの場合に頭も体も総動員して対応しなくてはならないのです。

この間の大連の競争力に関するパネル News Champions of Competitivenessはまさにそんな感じでした。他のパネリストのタイトルを間違えたり、調査の年を間違えたり(これはさすがにモデレーターが直してくれました)、ぴったりした答えでなく、いろいろいっていると思って必死でやったので、終わった後も興奮状態、しばしは頭が熱くて、冷静に考えられない位でした。30分くらいするとがっくり疲れてしまいました。そういう状況ではまだショックがひどく、Webcastを見る気にもならないのです。 結局数日たって、こわごわWebcastをそーっと見ました。

内容のあることを、その場で臨機応変に、しかも母国語でない言葉で明快に簡潔に誰にでもわかるように話すのはとても難しいです。そしてこれは教室では学ぶことはできません。原体験をどれだけするか、場数をどれだけ踏むか、それから学ぶか、にかかってきます。もちろん、その結果から準備の方法を変えたり、足りない所を補う活動をすることが必要です。希望があるのは、生まれながらにこうしたことができる人はごく少数しかいないので、誰でもその気になればできるようになるということです。これはいろいろな人の努力や練習を見てきた私の確信です。

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コメント

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  • コメント (4)

    • Ashihara
    • 2009年 9月 23日

    低レベルの質問で恐縮なのですが、先生は、「相手の英語がわからない」(内容以前に)というご経験はありますか?そういうときはどう対応なさっていますか?1対1なら何度か聞けばいいが、大勢の中だとどうしていいのかわからない、といった経験です。大勢でも、いちいち「今の話はわからない」と勇気を持って聞くしかないのでしょうか。
    WEFレベルなら、さすがにネイティブスピーカーでなくてもみんな癖のない英語(アメリカナイズされた?)を話すと思うのですが、私が昨年参加したとある会議は衝撃でした。アジア10カ国ぐらいの代表が話したのですが、専門分野のトピックであるにも関わらず、半分ぐらいの方の「英語」がわからないのです。幸か不幸か、私は単なる参加者の一人だったので、危機的状況ではありませんでしたが、質問しようにも、という感じでした。司会者と後で話したら、「神経を100%集中させて聞いている」とのことでした。今日はフランス人の英語に苦労し、相手の発音が悪いせいだと思う反面、分からないときの自分の対処の仕方が悪かったに違いないと一日自己嫌悪に陥っているところに、「英語」トピックとなっていたので、思わず質問させていただきました。
    これも場慣れする以外、方法はないのだとは思うのですが、もし、これぞという体験があればお聞かせいただければと思った次第です。

    • yishikura
    • 2009年 9月 24日

    Ashiharaさん、石倉です。相手の英語がわからないということはよくあります。質問を奨励しているからといって、自分サイドの問題(ヒアリングができない)でわからない場合は、みなの前で質問はしません。(他のひとの時間を無駄にするので。私が講演をしている場合でも、個人的な質問、その場にいる人に役立つとは思えない質問は「後で個別に」と言ってその場ではカットします。) 

    WEFも含めて国際会議は多くの国のひとが参加するので、わかりやすい(私にとって)英語を話す人は少数です。ほとんどはよーく聞いていても半分くらいしかわからない、ということが多いです。
    数時間そうした英語を聞いていると、波長があってきて、かなりわかるようになることもありますが、それでもわからないことはよくあります。 あまり深く考えず(相手か自分か)、これだけいろいろな人がいれば、いろいろな英語がある!と思っているのが良いのではないでしょうか。
    「世界級。。」をご一緒に書いた黒川清さんを含め、多くのひとがグローバル言語はBroken Englishといっています。

    • Ashihara
    • 2009年 9月 25日

    石倉先生、ありがとうございました。「ほとんどはよーく聞いていても半分くらいしかわからない」に安心しました。そうですね、人の数だけ「独自の英語」があると言っていいかもしれません。いろんな人の話を聞き、いろんな話を自分もしてみる(やっぱり場数のように思いますが)、という経験が大切ですね。コミュニケーションの機会は逃さないように、楽しめるようにしたいと思います。

    • yishikura
    • 2009年 9月 28日

    Ashiharaさん、石倉です。少しでもお役に立てばうれしいです。

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