今週からICSの冬学期が始まっています。私は今学期Problem Solving というコースを教えています。

 Problem Solvingは今の時代に不可欠な力ではあるのですが、少なくとも日本ではあまり小学校では教えない力ですし、教えるのがなかなか難しいコースでもあります。

 私がこの分野で重要と思うのは、次の点です。

1.     与えられた問題を解くのではなく、問題自体を自ら定義すること

2.     その際、必ず全体感を持って行うこと。同時に、全部を調べようとしないで、問題の鍵となる所を重点的に深堀すること

3.     常に問題の原因や解決案について自分の仮説を持ち、それを検証するための事実を集めること。そして事実が元の仮説と違っていたら、仮説を修正して、新しい結論を引き出す柔軟性を持つこと

4.     自分の主張(メッセージ)を持ち、それを周囲にわかりやすく伝え、議論できることなどです。

 これは当たり前なのですが、実際やろうとするとなかなか難しいです。何しろ今までずっと課題だったのだから、といって、問題自体を疑うことをしない。全体像を考えずに、ある特定の解決案だけにこだわってしまい、それだけを何とかやろうとしてしまう。世の中が変化しているという事実や数字がそこここに現れているのに、自分の元の考えから修正できない。いいたいことが見つからない、逆に、自分の意見が自分だけにしかわからず、ほかの人には???と思われてしまう。など自分でやっていることを思い出すと、はっとすることもよくあります。   そういう場合に必要なのは、自分の外に出て、あるいは一歩退いて、客観的に自分の状況を見る、周囲の人に説明してみる、周囲の人と一緒に考えてみることなどが有効だと思います。  こう考えていたら、最近、私が日本あるいは日本人(もちろんこれは極めて大雑把な見方です)につぃて問題と思っている点と似ているということに気がつきました。

 順序は幾分前後しますが、最近何度か報道された日本のGDPの成長率が世界でみると極めて低いこと、また先日、日経新聞に出ていた冨山和彦さんの「日本は金がすべてという国になってしまったという人がいるが、実は日本は『金も稼げない国』になりつつある」というコメントにも通じる、世界という全体感がない中、日本という狭い部分だけを見ていることのあらわれだと思います。

 企業でも、ある会社の売り上げーあるいは利益―は伸びていても、業界がその倍以上伸びているのであれば、この会社は相対的地位がどんどん下がっていることになります。外から見ると信じられないようですが、企業の中にいると、自分の過去と現在しか目に入らなくなり、こう考える人ばかりで外が見えていないということもあります。常に全体を見て、それから自分あるいは今やろうとしていることを考えるという全体感が必要です。 日本の場合、最近内向き指向が強く、全体には興味がない、外は見たくない(私は「鎖国化?」といっていますが)という傾向も見られるように思います。   仮説の修正ができないというのは、世の中が変わっているのに、相変わらず今までのやり方でやろう、それが一番良いと思っているようなことにも共通します。(私がこの間書いた大学でのセミナーの思い込みもこのような事例です)。そこまでいかなくても、変化に合わせて仮説を修正するのはあまりにも膨大な作業だし、大変なので、今までのやり方の微調整で何とか済まそうというアプローチもこの変形です。私は今の時代は産業革命以上の抜本的な変革の時代だと思っているので、こうした微調整では到底対応できないばかりか、本当の解決を先送りすることになり、結局気がついた時には大きな改革をする体力もエネルギーもないことになるのではないかと恐れています。 

 自分の主張を持つことについては、子供の時からこうした訓練をしないと力はつきません。常に「貴方はどう思うのか。それはなぜか」を聞かれていないと、何をいって良いかわからない、だから結局誰かの意見を待ってしまうということにもなりかねないと思います。また主張は思いつきではだめなので、それを検証する分析が必要になります。そのためには、仮説をまず持ち、それを検証するための情報を自ら探しに行き、それを組み合わせてある結論やストーリーをつくりあげる作業が必要になります。実際、こうした活動はICTが進んだために、非常にやりやすくなってきているわけです。  こんなことを考えていたら、先日、「日本の人は一般的にあまり自分からいろいろなもの(たとえば情報など)をとりに行こうとしないようだ。与えられるものを受け入れる傾向が強いのではないか」というコメントを聞きました。この話は「ICTが進み、誰でもどこからでも世界に自分の意見を発信することができるし、どこからでも情報を探してこられる。 そして今までのような既存のマスメディア以外の力が世界では強くなってきているようだが、日本ではあまり変化がないのでは」という話に関連して出てきたものです。そして、これは前に梅田望夫さんのコメントを引用した「ネットの時代は、働き者かそうでないかによって大きな差がつく」にも通じるように思いました。

 情報が与えられるのを待つのではなく、自分で必要な情報を取りに行く、という力あるいは姿勢がICTの進んだ現代では不可欠です。そしてこれは最初にいった問題自体を定義する力とも関係します。問題があれば(あるいは与えられれば)解決できるが、問題自体がないとどうして良いかわからない、というのでは、これからの時代はかなり困ることになります。それは、問題をどう把握するか、定義するかが今の時代の決め手になるからです。いかに新しい視点から問題を定義するかー逆から見る、一歩退いてみる、複雑でいろいろな分野に関連し、わけのわからないような問題に何らかの構造を見出してわかりやすく整理する、大きくて手に負えないように見える問題を細分化して考えるーなどをどれだけできるかによって、大きな差が生まれるからです。そして新しい視点、能動的な姿勢や自主性が鍵になりつつあるのが今の時代だと思います。

 こう考えるとProblem Solving の力の重要性を再認識します。同時に教えるのがなかなか難しいことも事実です。テキストで読む、説明を聞いてわかった気になっても、自分でできなければ力にはなりません。自分で体得する、何度もいろいろな状況で試してみる、毎日のようにいろいろな事例で実践してみるという「働き者」「何でも実践」「何でもやってみよう」という姿勢がないと本当には力がつかないと思うからです。このコースや力につぃては、今進行中ですから、また失敗談、新しい試みなどを続けてご紹介します。