question月曜日にやった講演でいただいたコメントに「違和感はポジティブですね」というものがありました。講演の最後にいった「意見の対立、違和感、緊張感は組織にとってよいことだ。。。」というメッセージへのコメントだったと思います。ふーんという感じでこのことを考えていたら、昨年、ウーマンズ・イニシアチブ・フォーラム関連で私が受けたインタビュー記事の見出しが「何か変を大切に」だったことを思い出しました。普通何か変だなあ、と思っても、自分の思い過ごしだろうと思ったり、忘れてしまったりということが多いと思うのですが、実は、そうした感触、直感、違和感などが新しいアイデアの源泉になったり、問題を解決したりすることの糸口になることが多いことを伝えたかったのです。(ちなみにこの見出しは、インタビューをしてくださった記者の方が選んだもので、私も「うまいことを見出しにするなあ」(自分でいったことなのですが。。)と思ったのです。(実際、それを見てメールをくださった方もおられます!)

そこからちょっと飛躍するのですが、ゴールデンウィークを利用してカリフォルニアにいったら、天気が良く、広々とした環境なのに、目指していた気分転換のための休暇のはずが最初の3日間くらいを過ぎた後、「何となく変な感じ」になってきたことを思い出しました。休みなのに、環境が良い所にいるのに、なぜか気分があまりさえない、気が乗らない日が続いたのです。1日半くらいそのままでいたのですが、いつものように(本やインタビューでも良く話していますー来週始まるNewspicksでもいっていますー!)調子が悪いときは、思いつくまま、気になっていることを片っ端から書き出す、それで整理するというアプローチを試しました。そうしたら、行く直前まであまりに忙しく全く時間の余裕がなかったため、持ってくるのを忘れたものもあり、旅行の準備もちゃんとしなかったこと、それから、5月以降セミナーなどがいろいろ計画されているのですが、どこからどう手をつけて良いかわからないこと、また旅行に出る直前に、私にとって「良くないニュース」を2つ聞いたことから、気分がすぐれず、頭の中に重い荷物が(重いのですが)ふわふわ、たくさん浮いている、という感じだとわかってきたのです。それから、自分がカリフォルニアにいながら、できることを考え始めたのです。(問題の中には、周囲の人や組織との関連が強いものもあったので)

そうしているうちに、少しずつ私が手を動かせばできそうなことがはっきりしてきました。そこまでくればこっちのもの!という感じで、少しずつ作業を始めた所、集中力が戻ってきたのです。(私は作業に夢中で他のことを考えていない、時間が過ぎるのに気がつかないという状態が、「集中している」状況なのです) またいろいろな人に頼む、状況を聞くという活動でも(つまりすべて自分でするのではない)、何かをしていれば(頭の中で考えているだけでない、という意味)一歩ずつ進めることが実感できました。

これも広い意味でいう「何か変」「違和感」ということだと思います。「カリフォルニアにゴールデンウィークで来ているのだから、気分が悪いはずはない」としてしまうと、問題を深く捉え、その原因を探り、その解決法を考えることにはつながりません。「なぜこんなに気分が晴れないのか、カリフォルニアの青い空に比べてどんよりしているのか、何か変」という所から、いろいろな発見がでてくるのです。

月曜日朝東京に帰ってきてから、会議、打ち合わせ、講演などいろいろやってきたのですが、海外に行かなくても、「何か変」ということに遭遇したら、それを口に出す、説明するとはっきりしてくることに気がつきました。先日講演の後で帰りが一緒になった友人にも、「実はこんなだった」と話してみたら、それだけでも「何か変」がふわふわではなく、明らかな形になってきたように思いました。「何か変」というバッグを頭の中だけにとどめておかないで、口に出すことが良さそうということなのです。

特に、今日になって(4日目!)まだ引きずっていた「何か変」の正体の大部分がだいぶはっきりしてきたように感じています。もちろんまだ解決すべきことは残っていますし、この作業は終わりがないのですが、それにしても頭か心の中にあった重い荷物の一部は、どこかへ送ってしまい、一部はだいぶ小さくなってきたように感じます。バゲージ・クレーム・エリアにはまだでてきそうですが、少しずつでも進んでいるという感触があるのです。

途中で飛躍があったり、分かりにくい所があるとは思いますが、「何か変」は無視しないで、大切にした方が良い、それを口に出して説明すると良い、そこから活動を始めてはいかがでしょうか。(自分でも忘れてしまうことが多いので、これに書いておきます!)