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6月2日(木曜日)夜、六本木アカデミーヒルズで、グローバル・ゼミ(GAS)2016のPrart 1第2回が開かれました。For English=> ゲストはジャーナリストとして、New York Timesの東京支局長を含め、複数の会社で活躍され、現在は日本再建イニシアチブのリサーチフェロー、Jounalist in ResidenceであるMartin Facklerさんをお招きしました。

最近、日本のメディアの独立性に疑問を呈する国際的な調査結果が2つ出たこと、そのあたりを最近の書籍でも鋭く指摘しておられるFacklerさんに直接伺いたいと思ったこと、米国の大統領選などを見ていると、メディアの役割が変わってきていると感じることが多いことなどから、このテーマを是非と思って、Facklerさんにお願いしたのです。当初は「言論の自由」というセミナーのテーマが難しく?とられたせいか、申し込みが少なかったのですが、トランプ候補はメディアがつくったものではないか、などという話も加えて、少し広く考えてみたかったので、その方向でやってみました。

IMG_2007Facklerさんが、日本のメディアに疑問を持ったきっかけという福島原発でのご経験、その後の安倍政権のメディアの「戦略的」活用の仕方など、あまり私たちが知らない?お話を伺うことができました。たまたま「規制の虜」を最近出版され、福島の事故調査委員会では、既存のメディアでなく、直接広く世界に見せるアプローチをとっておられる黒川清さんも参加してくださったので、後半は3人で鼎談になりました。このメンバー、そして参加者の皆さんからの質問を受けるには、1時間半ではとても時間が足りず、結局3人しか質問をお受けすることができなかったのが残念でした。アクセスとInvestigative reportingのバランス、メディアの独立性とビジネスとしての継続性など、もっといろいろ議論できるテーマが多々出たと思います。参加してくださった皆さんがメディアからの情報について問題意識を持っていただき、自分なりに判断していただけるように、「感度」を持っていただく機会になれば良いと思います。

私にとっては、Facklerさんの「日本のメディアは1955年体制から高度成長期の状況から全く変わっていない」というコメントがとても印象的でした。(変化への抵抗という話は、富士通フォーラムでDavid Atkinsonさんとの対談でも出てきたことです)。

 

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