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前にも、「2つの違い」につぃて、最近思っていることを書きました。最近何度か、時の流れの中での違いや変化をどう求めるか、受け取るかについて、感じたことがあります。

ひとつは米国の昔と今です。留学など若い時に米国にある程度の期間住んだ経験をした人の多くは(私も含めて)、新しいもの、違ったものに対して、米国(とまとめることも??ではありますが、多くは自分の周囲にいた普通)の人々が見せる「歓迎」「親切」を自ら感じて、米国に対して親近感を持つ人が多いようです。 そしたこうした米国への親近感は、時の政権の政策がどのように変化しても、米国のチャレンジ精神への基本的な信頼と希望となることが多いようです。

たとえば、サブプライムローンから発した金融危機がひどい時期に、「米国は今後どうなると思うか」と聞かれて、私は「確かなevidenceはないが、多分またリカバーすると思う」といった所、「米国に長い間住んだ経験を持つ人は多くがそういう。一方外から米国を分析している人たちは、全く逆の意見を持っているようだ」と聞いたことがあります。これは多分自分の経験から米国に対して限りない尊敬と希望を持っているからだと思います。

一方、中国や韓国の現状を知らない日本人が多い、とこのブログでもときどき書くことがあります。その背後には、昔のイメージが残っていて2009年現在の中国や韓国の若い世代のことを知らないことがあるのではないか、といってきました。そうしているうちに、私のアメリカに対する希望や尊敬も「過去の米国」なのではないか、と思い当たりました。オバマ大統領が誕生したこと自体は、米国が新しいもの、違ったものに対して受け入れるという基本的な姿勢を示してはいますが、最近米国で見られるネガティブな反応、極端ともいえるオバマ大統領への批判などは、意外な感じを与えます。

そこで、私の思っている米国は『古くよきアメリカ』であり、中国や韓国」の過去の印象にとらわれている人と同じはないか、と思いあたったのです。今回も大連、ニューヨーク、ドバイなどでいろいろな人と会う中、常に現時点での状況を見極めるようにしなくてはならないと思いました。同時に、私が見たり経験したりしている状況もごく一部に過ぎないとも思います。

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    • Ashihara
    • 2009年 11月 29日

    「常に現時点での状況を見極める」ことは大切ですが、先生が米国に尊敬も希望も持たない人と全く同じ視点で変化を見ることは難しいのではないかとちょっと感じます。いろんな人が経験した「ごく一部」がどんなものかをみんなでシェアしつつ、変化を議論することで見えてくるものもあるのではないでしょうか。
    私は昔フランス人と仕事をしていましたが、私には合わないとやめました。しかし、先週今週と図らずも数人のフランス人(それぞれ別個の職場)と会う機会があり、彼らに共通したもの(良くも悪くも)を「思い出」し、自分の中にあるフランスに対する愛情にも気づき、また覚悟してもう一度彼らと深く関わってみようかと思い始めました。
    うまく言えませんが、私自身は変化したことを見つけようとするよりは、変化していないことは何かを意識することで変化が見えてくるような気がしています。

    • yishikura
    • 2009年 11月 30日

    Ashiharaさん、石倉です。コメントありがとうございます。あまり決めてしまわない方が良いということかもしれませんね。自分も変化しますし、周囲も変化していくわけですから。変化しないものをというのは考えていなかったので、興味深いと思いました。

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