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 英語のブログには書いたのですが、何か「やらなくてはならない」と考えるととても負担になったり、やる気をなくしてしまうことがあります。誰かにやらされているという気がすると、やりたくない、と感じてしまう事は良くあるのではないでしょうか。
子供の頃、さあ、今日はこれをやろうと思っていたまさにその時に両親に「あれやった?」とか「やりなさい」といわれると、それだけで腹がたって、すっかりやる気を失ってしまったという経験はないでしょうか。(私はその時の怒りの感覚を良く覚えています!せっかくやろうと思ったー自分からーなのに、両親にいわれただけで人のものになってしまう感じ)
仕事もそれと同じで、やらされていると思うといやだなあ、なんとか避けたいなあ、と思う気持ちになるのではないでしょうか。自分の意思でやっている、と当事者として考えると、同じ仕事や活動でもモチベーションが全然変わるような気がします。どうすれば自分のものとできるか、ということなのですが、何か自分に役に立つ事を見つけるとか、その仕事が自分が将来でもやりたいことに関連している、自分の強みがいかせる、ということを「発見」できれば、全然気構えが変わるようです。
一方、自分がやると決めたこと(つまり人にいわれたことではない)でも、自分なりに「やらなくてはならない」という気が先にたったり、仕事自体がかなり手強くてどこから手をつけて良いかわからない、だからなかなか始められない、とう場合、も同じような感覚になることがあります。
そういう場合(つまりTo do listに何日ものってはできない日が続く場合)、私は覚悟を決めて?朝一番にその項目をTo do listの一番上に書いてしまいます。そしてこれがおわらなければ次の項目は書かないと決心するのです。(以前浜口さんのtweetにも出ていてretweetしました!)心が決まるせいか?、手を動かし、資料を探して読み始め、文章を書き始めることができるようです。
この数日、やらなくてはと思っていた事を週末もTo do listの最初に書いた結果、少しずつ終わり、今日はやっと懸案だった資料さがしとメモを終えました。明日の夜中に電話会議があるので、どうしても今日月曜日中にと思ったのです。結局夕方までかかってしまいましたが(だから今になってこのブログを書いている!)、何とか書き終えて担当者に送ったので、心がすっきりしました。
自分ごとにする、ということは良くいわれますし、作家は何でも良いから机にすわって書き始めるといわれますが、何らかの「アクション」ができれば、どこかへはたどり着けます。(以前博士論文で苦労していた人に、「書き続ければ終わる」と自分に良くいっていたアドバイスをしたー自分では忘れていたーことを思い出します。)あまり先まで考えずに一歩一歩進むということが大事な時もあるということでしょう。

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