先週日経新聞の夕刊に出ていた人間発見のシリーズ「野田秀樹さん:演劇の力を信じて」はとても興味深いものでした。私は演劇などに興味があり、以前英国大使館でいただいた小冊子に野田さんのエッセイがあって、とても興味を持っていました。(まだ切符が買えず、野田さんの演出のお芝居は見たことがありません。今年の課題です!)

今回の人間発見シリーズは、野田さんがそれまでの「テーマ」を中心とする演劇に対抗して、「方法が先」というやり方をしてきたことなどが書いてあって、毎日楽しみにしていました。私は野田さんが日本で大活躍していた時、アメリカにいたらしく、全然その頃の状況を知りません。しかし方式や言葉のおもしろさを追求するという劇団を2-3回見たことがあって、何だかわからないけど、ものすごーく面白くてインパクトがあったことを覚えています。

金曜日に書いてあった野田さんのコメントはとても印象に残りました。それはイギリスでやったワークショップの手法のことや、「演劇は肉体と詩。。。」という考え方にとても興味をひかれたからです。また、「主題のある芝居ではなく、それを踏まえた表層的な方法を追求してきたが、下の世代の表現は本当に表層的のようで、世界的に日本は危ない」というコメントにひきつけられました。

以前は、深い所に流れる考え方(前提といっても良いかもしれません)があり、それを踏まえた上で、新しいやり方をしようというアプローチだったように思うのですが、最近はその前提がなく、ただ新しいやり方だけで良いと思っていることが多いような気がします。(抽象的なのですが)、たとえば、以前は仮説をいろいろ考えてから、データで試してみるというアプローチだったのが、何しろデータをいろいろ切り刻んでみて、出てきてから考えるということが多いように思います。また設計(私はエンジニアでないので推測ですが)でも、実際にいろいろ書いてみる、それをいろいろな技術を用いて効率的にスピーディにする、というアプローチだったと思うのですが、今や何でもすぐできてしまい、背景にある法則や考え方を全く知らなくてもできるようになってしまっていて、背景にある考え方やルールなどをちゃんと知るという活動がおろそかになっているのではないか、と思っているからです。

野田さんのシリーズからちょっと飛躍してしまいましたが、最近Problem Solvingのコースをしている中、明らかにはされていないがみなが持っている「前提」の重要性を考えることが多いので、主題と方式の話はとても印象的でした。

演劇は見たことも聞いたこともない世界に連れ去ってくれるものという言葉も演劇の本当の魅力をよくあらわしていると思いました。