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 私がMBAをとった(はるか昔ですが)、バージニア大学のビジネススクールがあるシャーロッツビルで、金曜日夜から(ちょっと日時がはっきりしないのですが)とても大きな事件が起こりました。White suprematist (白人至上主義?)やKKKなどが、南北戦争時代のLee将軍の銅像を移動する、という中で(背景について、詳しく私は知らないのですが)、いろいろな所から同じ思想の人を動員し、重装備をして集会をした(する予定だったのを最終的には直前に中止になったようですが)のに対抗して、人種や宗教などで差別に反対する人が、多数集まり、暴動になったのです。結局3人が死亡という大きな問題になっています。
テレビで盛んにその光景を見せていたので、急いで、シャーロッツビルの両親(私の留学時代にお世話になったホストファミリー)に思わず電話をしてしまいました。 この事件に対するトランプ大統領のコメント(白人至上主義という言葉を全く使わず、両サイドの暴力がいけない、というようなあいまいな言い方をした)や対応が多くの人に疑問視されています。バージニア大学やビジネススクールからもいろいろなメッセージが送られてきています。
この話を聞いて、私が痛感したのは、大統領ではなくても私たち一人一人は毎日たくさんの意思決定をしていること、そしてその意思決定の重要性をどう見極めて、それぞれをスピーディに当事者として決定していくか、の重要性です。とかく意思決定をする機会を避けるとか、自分が決める必要があるのに、決めない、そもそも個人の意思決定という意識があまりない?のではないか、と思われる状況などを、日本ではよく見ることが多いので、特にこのトランプ大統領に対する多くの人の批判にいろいろ考えさせられたのです。For English=>

トランプの場合は、国にとって何が重要な意思決定なのか、という優先順位づけ、そしてそれを自分の好みではなく、国のリーダーとして何を決めなくてはならないか、そしてその重要性を認識した上で、それに合わせた言葉を用いることが大事なのに、それが不明確なことが一番問題のようです。言葉といえば、北朝鮮への対応については、売り言葉に買言葉という感じで、大統領がこうした言葉を使ってよいのだろうか、というコメントも出て、かなり緊張度が高まっています。(このあたりは言葉の微妙なニュアンスが私にはわからないので、あまりはっきりとはいえないのですが)

米国のことは米国の人がどう対応していくか、なのですが、こうした状況から、何を学ぶか、考えるか、どんな行動をするか、を考えることはとても大事だと感じます。特に子供の時から自分が決める機会をたくさん持つようにして、意思決定とはこういうものだ、という体感を持つことが大事だと思うのですが、いろいろな話を聞いたり、私の少ない経験から見ると、あまりこうした機会を子供のために作っていないように思われるのです。

今でも自分のキャリアが決められない、ライフスタイルが決められない、もっと簡単なことでも何がしたいか、と聞くとはっきりしない、という大人もかなりいるようです。大人になってからでも、この重要性に気がつき、意思決定の優先順位付けや決定、そしてその結果のフォローをすることを学ぶことはできますが、長年の経験(あるいは経験のなさ)は、なかなか破ることが難しいです。(以前、企業のトップになってから、どうやって決めたらよいかわからない、という状況に陥っている人を見たことがありますが。)

そこで、子供の頃から小さな意思決定を多数する、自ら意思決定する、という経験をたくさん持つことがとても大切だと思います。何をどう決めたらよいかわからない、決められない、誰かに決めてもらいたいということになると、自分で考える権利、選ぶ権利を放棄してしまうことになりますから。

シャーロッツビルの暴動からかなり飛躍してしまいましたが、トランプ大統領のいろいろな対応、意思決定、コメントを聞いていると、国のリーダーが意思決定の優先順位、自分の役割、意思決定のインパクトなどを十分理解していないと、米国のように大きな、そして世界でも重要な国もリーダーしだいで、ずいぶん変わってしまうのだなあ、と感じます。それにつけても、考えること、決めることは誰にでも与えられている権利なので、それを常に使うことです。

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