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 明日13日は先日ご紹介したGIES2008が開かれます。昨日ある由緒ある社交クラブのランチで、「フラット化する世界に求められる人材と日本の鎖国化?」というテーマで講演をさせていただきました。そこで、いろいろな話をする中、日本では多様な経験を持つ人が少ない(たとえば産官学)といった所、早速コメントをいただき、GIESにも来ていただけると伺いました。こうした機会にいろいろな方にご参加いただき、積極的に活動していただくことから変化へのモメンタムが出てくると思います。(私も終りに近い時間帯になりそうですが、GIES2008にいく予定です。)

 明後日14日は大阪でのシンポジウムです。こちらも楽しみにしています。パネルでご一緒する中村さんは、昨日別の会合でもお目にかかり、グローバル競争をする企業のトップの実感する世界の変化のスピード、時間を争う「意思決定」の重要性を痛感しました。これも実際にやっているからこそ、その凄さがわかるのだと感じました。(「わかる」と「できる」の計り知れないギャップについては、考える所がいろいろあるので、またお知らせします)

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    • 竹田 昇平
    • 2008年 3月 13日

    石倉先生

    突然のコメント失礼いたします。
    竹田と申します。

    以前アカデミーヒルズのセミナーとMixiのメールで数回やりとりさせて
    いただいた者です。

    GIES、石倉先生のご紹介で昨年初めて足を運んだご縁もあり、
    今年も参加させていただきました。
    (残念ながら、午前だけになってしまいましたが・・・)

    余り詳しい分野ではなく、正直理解できない部分もありましたが、随分具体的になっているな、という印象と、その背景にある全球的な問題への切迫感、ある種の危機感のようなものを心に留めてきました。

    こういう問題意識は、日々に忙殺されていると忘れがちになってしまいますが、それを体に注入する意味でも、改めて非常に有意義な時間だなと感じました。

    これも昨年石倉先生にご紹介頂いたお陰であり、大変感謝しております。

    また、ブログの方もちょこちょこ拝見しております。

    ご活躍の様子が近くに感じられ、こちらも非常に得がたい刺激を受けております。
    (このブログは下がった目線を上げ直す効用?があるので、日々に忙殺されていると感じた時には、必ず見ていたりします)

    随分取り留めのない文章になってしまいましたが、これからのご活躍も楽しみにしております。

    竹田 昇平

    ※今日間近で「生黒川」を見ました。何やら談笑されていましたが、それだけでエナジーがほとばしっているようでした。うーん、凄い。。。

    • yishikura
    • 2008年 3月 13日

    竹田さん、石倉です。コメントありがとうございます。GIESに来ていただき、ありがとうございました。昨年とはまた違った進展があったことを感じてくださったようでうれしく思います。(関係者にも伝えておきます)
     「生黒川」という表現はおもしろいですね。「凄い!」という字もそのままだなあと思いました。エネルギーレベルが高い人と一緒に活動していると、やはり影響されます。どんな人がいる、どんな国、どんな場所に自分の身をおくか、ということは、個人にとってもとても大事だと思います。

    • 竹田 昇平
    • 2008年 3月 14日

    石倉さん

    竹田でございます。
    ご多忙の折、返信ありがとうございます。

    「生黒川」驚きましたよ!

    セミナーでの石倉さんにも感じましたが、やはり高い次元で活動されている方は、エネルギーレベルも高いのだろうな、と思いました。

    石倉さんがセミナーで
    「心に響いたら、よく何らかアクションを起こしてみる」
    と仰っていたこともあり、出来れば差し支えない範囲で一言お礼を伝えたかったのですが、少しやり方を考えようかと思います。
    (パワー負けしました、残念ながら・・)

    イノベーションの必要性はぼんやりと感じるのですが、=技術革新という感覚にうまく納得感が得られていないので、本当はその辺りの考え方を一言二言聞いてみたかったところです。

    竹田

    • yishikura
    • 2008年 3月 14日

    竹田さん、石倉です。黒川清さんのブログはとても充実していますし、メールも送信できると思うので、直接コンタクトしてみてはどうですか?

    イノベーション=技術革新ではないということをいいたいというのが黒川さんのメッセージ(そしてもちろん私も)ですから。http://www.kiyoshikurokawa.com
    からいけます。

    • 新良
    • 2008年 3月 14日

    石倉様

    初めてコンタクトさせていただきます。
    Darden School of Businessを昨年卒業した新良と申します。
    先月よりブログを拝見しております。

    「フラット化する世界に求められる人材と日本の鎖国化?」
    との講演タイトルに、心が動いたのでコメントさせていただきます。

    私自身、同じようなタイトルで文章をまとめ、友人・知人に発信しようと思っており、ブログを拝見してドキドキしました。

    同じようなことを思うようになったきっかけは2つです。

    ①Dardenで受けたGeorge Barbee教授のクラスで紹介された本
     ”The World Is Flat.
     A Brief History of the Twenty-First Century”
     (Thomas L. Friedman著)
    http://www.amazon.co.jp/World-History-Twenty-First-Century-Picador/dp/0374530483
     と
    ②ここ1年間の米国での勤務経験

    Friedmanの本で印象的だったのは、世界のあらゆる分野でこれまであった壁や境が90年代以降でしょうか、急速に消えてなくなり、世の中が「フラット」になったとの指摘でした。例えば、一昔前までは、ある論文についてより知りたいと思えば、物理的に近くにいる専門家に尋ねるに止まっていたのが、今の時代は、直接、メールで著者に聞くことができる。電子媒体を通じたコミュニケーション環境が飛躍的に整ったことで、産官学の壁も、国境の隔たりも一気に取り払われた全く新しい時代に入った。これが私が捉えることができた本のエッセンスでした。

    北米の地で勤めて感じるのは、日本がフラットしていく世界の中で、相対的に鎖国状態になっていることです。私は、鎖国とは、外からの情報のフローに限りがあり、海外の知恵を活かす水準が、他の国と比べて低い状態と理解しています。
    もし仮に現在の日本の産官学のいずれも、今が80年代であれば鎖国と呼ばれる状態ではなかったのではないでしょうか。IT技術が今ほど発達していない時代は、どの国においても、他の地域で起きている革新の謎を解くのには相応の困難が伴いました。しかるべきルートを通じてコンタクトし、許可をもらった上で、訪問する。時間をかけて信頼関係を築いて始めて、情報の核心に迫ることができる。どの国、どの業界も、手に入れられる情報は、時間と距離をはじめとした制約がありました。

    フラット化した今の時代では、この制約条件が大幅に小さくなり、あらゆる国のあらゆる人たちが、情報をより簡単に共有できるようになっています。
    インドで起きていること、ロシアで起きていること、アメリカで起きていること、日本で起きていること。あらゆる情報が短時間でキャッチアップできる世界です。
    情報の貿易量を計ることができれば、日本は大幅な赤字でしょう。産官学のリーダーで、恒常的に日本語以外のものから学んでいる人は、まだまだ限定的と感じます。海外の最先端の知識も日本語訳で持ち込まれますが、その時点では、その知識は世界的には陳腐化していることもあるでしょう。
    世界中の知識に積極的にアクセスして、政治・企業・学術、いずれの世界でも高みを目指して磨き合うのが新しい世界の枠組みである。この前提を置くと、新たな枠組みにこのまま日本や日本人が無意識ならば、戦後と同じような心地よいステータスや自己愛を維持・発展するのは困難というのが見えてきます。

    相対的に鎖国状態になっていることを、社会のリーダーたり得る人たちが自覚する。そこから新たな日本と日本人の地平線が見えてくるように思います。

    以上、ありがたい刺激を頂戴したので、取り急ぎ私の頭の中にあったものをまとめさせていただきました。
    お気づきの点等、ご教示くだされば大変嬉しいです。

    • yishikura
    • 2008年 3月 15日

    新良さん、石倉です。フラット化する世界と日本の鎖国化についてのコメントありがとうございました。
     私が”World is flat”を読んだのは、確か2005年年末(空港で7時間くらい待ち時間ができてしまい、たまたま買って読み出したら、とまらなくなった!)だったと思うのですが、その後のICTとそれに伴う世界の動きはさらに大きいと思います。ICTによる変化は産業革命以上の変化を社会に及ぼすと私は思いますし、このあたりは、昨年8月の日経ネットプラス他に書いたり、話したりしています。
     問題は、、そうした動きに対して、日本(というのは大雑把すぎますが)の認識が不足しているという点です。
     好むと好まざるとにかかわらず、世界はどんどん変化しています。そして技術の進歩はより良い世界を拓く可能性があります。(たとえば、世界のどこにいても、ネットへのアクセスと英語ー今の所、デファクトは英語ですからーでコミュニケーションができれば、最新の情報も手に入るし、自分の意見を発信することも、世界の人たちと意見を戦わせたり、協働することができます。誰でも、最新の情報、知識が得られることは、知識社会においては画期的なことです) 
     こうしたすばらしい手段をどう活用していくか、何ができるか、という前向きの話や行動が少なく、内向きで、内戦ばかりしている、「これまでの栄光」という「幻想」にしがみついて、何とか今のままでやっていけるのではないかと「希望的観測」「現実に基づいていない楽観主義」でやっている人がいるのではないかという点を、特に懸念しています。
     世界の中での日本の位置、日本の力、優れた点、遅れつつある点を知るためには、世界へ出ていき、実際に自分で体験してみなくてはならないと思います。日本から、ああだこうだといっていても、何も始まらないのではないかと思っています。最近も、認識が全く違うグループに遭遇し、愕然としてしまいました。(それでかなりうちひしがれ、同時に怒りも感じました!)
     しかし、希望はあります。新良さんのように、そうではないのではないか、と思う人がいること、そして、その気になれば、世界レベルで、行動ができることです。(そのためにブログも始めました)手段はあるし、現状認識を同じくする人たちもいる、だから、何かアクションを起こせば、必ず良い方向に向く、何とかして向かせるようにしようと思っています。

    • 竹田 昇平
    • 2008年 3月 15日

    新良さん 石倉さん

    竹田です。
    お二人には良い刺激を頂戴しました。

    新良さんが仰る鎖国状態、とても面白いと感じました。
    「外からの情報のフローに限りがあり、海外の知恵を活かす水準が、他の国と比べて低い状態」

    海外の知恵や知識を活かさなくともやっていけた時代では、こういった知識・知恵の鎖国状態による影響は、さほどなかったかもしれませんね。

    正にその水準が国とそこに属する個人に対し、否応なしに影響する時代になった今、確かに日本は鎖国状態と言えるような気がします。

    ですが、江戸時代の鎖国と違い、今回は自分の明確な意思に基づいた鎖国ではないのですよね。

    もし自分の明確な意思をもって鎖国したのであれば、その意思を打ち砕けば変化のし様もありそうに思えますが、言語と地理的条件が本人もそれと知らぬ間に鎖国状態に陥らせている、そんな気がします。

    その中ですら、危機感を感じずに日々を過ご「せて」しまう。

    恐ろしいです。

    そんな中でも、もし日本に「開国してほしい」という魅力があるのであれば、もしかすると黒船が現れてくれるのかもしれません。

    ですが、今回の鎖国では黒船が来そうな気がしないのは、世界が見えていないからでしょうか。

    前々から買わなきゃ、と思っていた
    「The World Is Flat」
    たった今購入してきました。

    ちょっと気持ちが焦っています。

    • yishikura
    • 2008年 3月 15日

    竹田さん、石倉です。コメントありがとうございます。
     ICTの時代は、「自分から取りに行く」という姿勢が必要だと私は思います。梅田望夫さんがいっている「働き者か怠け者か」という区別が一番鍵になります。何でも自ら試してみよう、探しに行こうという人にはすばらしい世界が拓かれつつありますが、そうでない「待ちの姿勢」だと世界からどんどん隔離されてしまう、おいていかれてしまう危険性があります。
     取りに行くと同時に、自分の意見を発信する、よさをアピールすることも大事だと思います。その背景には、物事には、いろいろな尺度があり、最善がひとつではない、良いものにはいろいろあるという多様性や多極化への認識があります。良いものがひとつだとゼロサム・ゲームになってしまいますが、誰もが良い点を持っている、それをそれぞれが周囲に知らせて、意見や目標を共有する人が、さらに良いものを協働してつくっていくということになれば、良い意味での競争と協働が可能です。
     でも黙っている、自分のよさが何だか自分でもわからないというのではなかなか難しい時代になってきています。
     何でも始めるのは早いほど良いですが、そう思った時に始めさえすれば、道はいくらでも開かれると思います。あせることなく、あきらめることなく、やっていけば良いのではないでしょうか。 

    • 新良 幸太郎
    • 2008年 3月 16日

    石倉様 竹田様

    コメントをいただき、感激しております。ありがとうございました。
    Information and Communication Technology(ICT)の及ぼす変化が、2005年以降、さらに加速しているとの石倉様のご指摘、自分の明確な意思に基づく鎖国ではないとの竹田様のご認識を伺って、個人的だった私の着想が深まりました。世界の情報の交流の量が増え、スピードが加速していく中で、自分の今の立ち位置を定期的に確認するのが重要ですね。そうすれば、思いもかけないチャンスが目の前に広がっている、そういう時代に生きているのだと思います。

    個人的には、多様性や外の価値観を受け入れる能力において、日本人には優秀な人たちが多いと感じています。社会の指導的立場にある人ほど、内向き志向で、視野が狭い傾向があるのが、残念なところです。
    異文化を触れることで喜びを見出すのが日本人です。その土地の史跡を訪ね、地元の料理を食べる。中国で万里の長城に登り、ウィーンで音楽を楽しみ、インドネシアでバリのダンスを愛でる。韓国でキムチに舌鼓を打ち、フランスのカフェを楽しみ、スペインでパエーリヤのいただく。
    メキシコのコズメル島のリゾートで目にしたのは、英語が通じる環境でアメリカから持ち込んだ本を読み、アメリカのビールとハンバーガーを食べて満足気なアメリカ人たちでした。マヤのピラミッドを訪ねたり、テッキーラを飲むよりも、自分たちの普段の生活の延長上で時間を過ごす人たちの多さが、印象的でした。
    日本の音楽の多様性もまた、珍しいそうです。ポップスを聴けば、アメリカのロック、ブラジルのボサノバ、ロンドンのクラブ・ミュージック、キューバのサルサ、ニューヨークのトレンドを組んだ曲のアレンジ。一人のアーティストでも、一枚アルバムが違うだけで、音楽性ががらりと変わっていることもままあります。またファッションを見てみても、新たなデザインに興味を示し、柔軟に受け入れる力が日本人にはあります。
    こうした違う価値観を受け入れ発展させていく力は、日本人の特質のような気がします。古くや中国や韓国から、明治以降はヨーロッパから、戦後はアメリカから多くの知恵を学び、独自に消化・発展してきた歴史があります。国民全体で見れば、日本人のこうした柔軟性は稀有で際立っているように思います。
    惜しまれるのは、社会の指導的立場にある人に限ってみると、アメリカと日本で、異文化や新しい知識・知恵への向き合う力が逆転することです。常に新しい事象を向き合い、自分の頭で考えて決断できる人たちが、社会のリーダーにいるのが、米国の弛みない成長の源泉のように感じます。この国の繁栄を見た様々な国の指導者が、そうしたリーダーの姿に刺激を受けて、どんどん追随しているのがいま世界各国で起きていることかも知れません。

    日本人も世の中を引っ張るリーダーのイメージを刷新できれば、世界も驚くほどのスゴイパワーが出てくる可能性が高いと私は感じています。私も取り巻く環境が見えている石倉様や、竹田様のような方々とともに、これからも前向きに発信していきたいと思いました。

    感謝の気持ちとともに。

    • yishikura
    • 2008年 3月 17日

    石倉です。新良さん、竹田さん、コメントが続き、ありがとうございます。(多様性についても続きを書きます)。今日のエントリーにこのやりとりのことを書きました。ごらんください。

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