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 先日「フラット化する世界と日本の鎖国化」というテーマで講演をしました。これは、最近私がいろいろな所で書いたり話したりしているテーマです。このテーマには多くの方がいろいろな反応をしてこられるようです。「鎖国」という言葉自体が気に入らない、強すぎる、違和感を持つというコメントもありますし、日本の状況はそれほどひどくない、まだまだ大丈夫というコメントが来ることもあります。メッセージを伝えるために、比較的強い言葉を使うと反応がかえってきやすいのかなあなどとも感じています。

  この講演のことをブログに書いた所、コメントをいただきました。そしてそのコメントに返事をしていたら、今度は別の方からもコメントをいただき、何度かコメントが行き交っています。いろいろな意見を建設的に述べることができる、こうした四方八方にひろがるフォーラム的なものをやりたいというのが私の以前からの希望だったので(いろいろ試していたのですが、なかなかうまく行かなかったので!)、少しそうしたきっかけができたか、とうれしく思っています。またこうしてコメントをいただくと、それから私自身も新しいアイディアが出たり、昔の経験を思い出したりすることもあります。 

  先日、ある会合で「世界と日本の位置」につぃて、数人がコメントした時のことですが、私の認識だけがかなり他の方とは違っていました。世界情勢についての認識は共通していましたが、「その中で日本は。。。」という点がかなり違っていて、私は他の方々より、ずっと危機感を持っていたのです。ずいぶん認識が違うなあと、それが心に残っているうちに、同じような体験や感触をしたことを思い出しました。

それは2000年にはじめて世界経済フォーラムのダボス会議でパネリストをした時です。私は当時、規制改革委員会の委員をしていたのですが、日本における規制改革の方向は正しいが、世界の動きと比べるとスピード感がなく、程度も極めて小さいと思っていたので、そういいました。一方、他のメンバー(日本の財界人、米国の政府要人など)は、「日本は着々とやっている」という趣旨の意見を述べられたのです。

またITについても、これは単なる技術ではなく、仕事の仕方や生活など世界を大きく変革する可能性があるという私の意見は、ほとんどの日本人とは違っていました。 

 私はダボスがはじめての素人!であったこともあり、聴衆も日本人が多かったそのセッションでは、特に日本の進捗について、日本の方からもかなり批判的なコメントをされました。(このあたりの話は「世界級キャリアのつくり方」(p.38)にも書いてあります) その時もずいぶん認識が違うと思ったのですが、今回も同じような感じを持ちました。

 こうして8年という時間を経ても、同じようなことが起こることがとても興味深いと思いました。これをどう見て、何をするか、これからが正念場です。

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コメント

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  • コメント (9)

    • Bennie
    • 2008年 3月 18日

    こんにちは。Bennieです。
    先週、大阪のシンポジウムを聞かせていただきました。
    ありがとうございます。
    パネリストの中で、石倉さんが紅一点でしたね。
    他の方々のお話も良かったのですが、石倉さんのおっしゃる時感力の話、
    また、行政は何をするにも手続きなどで時間がかかるし、
    日本という枠内でしかものを考えられないので、
    そんなことでは世界に取り残されるという危機感を
    実感しなくてはならないことをスルーして
    話が進んでいったように感じました。

    いっぽう、私は石倉さんのファンですが、シンポジウムでお話を伺って、
    中村邦夫さんのファンにもなりました。
    中村さんがおっしゃった環境問題、アイルランドのお話、介護の問題、
    すべて身近な問題で、分かりやすく、説得力があって、
    聞き入ってしまいました。

    まず、環境問題、特に水についての問題について。
    私の父は水道工事の会社を営んでおり、
    環境庁と協力して、広島の川の水質管理もしていました。
    広島市には6つの川が流れており、少し前までは、
    「広島の水はおいしい」と言われていたのですが、
    近年、広島に住む私たちも飲料水は
    ミネラルウォーターを買わなくてはならなくなってしまいました。

    次に、アイルランドについて。シンポジウムの前の週末にアイルランド人と食事をして、来週はSt.Patrick Dayだねぇ・・・と話していたところなので、私の心にヒットしました。友人にもっとアイルランドのことを聞ける、話題が増えます。さっそく、コンタクトをとってみます。
    いつかきっとアイルランドが緑と環境と産業で
    小さいながらも立派な国であることを、実際に行って見てみたいと思います。

    最後に、介護の問題です。
    中村さんは「昔は親の面倒は長男が看る。」とおっしゃいました。
    家庭が崩壊して、親の面倒を看られなくなり、
    それを行政が面倒看るのはどうしたものか、というお話でしたね。
    私は一人っ子で今、母の介護に直面しています。
    中村さんのお話を伺わなかったら、私も、
    介護を放棄していたかもしれませんが、
    やはり、母のことは私がしようと決意を新たにしました。
    母は、娘の私の迷惑になるのを心配して、
    施設に入りたいと言ったことがあります。
    でも、私も、外で活き活きと働くためには健全な家庭が必要です。
    今のところ、家族は母と私だけです。
    ささやかだけど、明るく、楽しく毎日暮らせることがお金にも勝るいちばんの宝だということを悟らせていただきました。

    機会があれば、中村さんにありがとうございます、とお伝えください。

    • yishikura
    • 2008年 3月 18日

    Bennieさん、石倉です。大阪のシンポジウムに来ていただき、ありがとうございました。コメントも参考になりました。どんなアクションをとるか、が鍵だと思います。

    • No.51(MBA ’84)
    • 2008年 3月 19日

    こんばんは。日本にはある程度の規模の(中途半端に大きい)国内市場があるため、これを制することによって大企業のビジネスが成り立ちます。ここらあたりが潜在意識としてあるためグローバルな場所で本気で勝負するという気概が出てこないのかもしれません。金融市場で仕事をしていますが、東京は20年も前からアジアの金融センターを目指しながら、今ではシンガポールにも香港にも置いていかれた感があります。そもそもこれほど英語の通じない金融市場はたまげものです。英語教育にあれほどの投資をしながら。外資系金融機関の人たちは金融庁が検査に来ると、英語の内部書類を徹夜で和訳していますが、これなどこっけいを通り越して悲劇です。島国でももっと小さな島なら国民がもっとグローバルな視点を持って生活するのでしょうけど・・

    • yishikura
    • 2008年 3月 20日

    No.51さん、石倉です。コメントありがとうございます。日本市場の規模の大きさは良く話題になります。しかし最近では、頭打ちか縮小しつつある日本市場と相対的に世界の成長が大きいので、今までのような考え方でいると、あっという間に状況が変わってしまいます。
    また、ご指摘のように、「xxになろう」と言い出してから20年もたっているのに、相変わらずその目標を掲げている、周囲の変化に気がついていないという現象がそこここに見られます。
     英語も同じです。これだけ多くの人が多くの投資をしていて、なぜ使えないのか、それだけ考えてもおかしいと思います。

    • 竹田 昇平
    • 2008年 3月 21日

    No,51さん、石倉さん

    竹田と申します。
    コメント拝見しました。

    中途半端な国内市場があることで、潜在意識として、本気でグローバルで勝負!という気概がおきない、というのは私も多少なり実感しています。

    私は国際通信の世界で、所謂典型的な日本的官僚企業に勤めております。
    ここでも、グローバルグローバルと叫びながら、昔からお付き合いがある日本の大企業にもたれかかっている実態は日々感じるところです。

    梅田望夫氏が、英語圏の「情報をパブリック化する」意識の高さと、それによる英語圏とそれ以外の言語圏の情報格差を語っておられますが、こういったことが進むと、より一層実態的鎖国化は進んでしまう気がします。

    グローバルな視点を持つために、少なくともグローバルという言葉のハードルを下げるために、現状のデファクトである英語を「活用する心構え」と「活用する力」というのは必須なのでしょうが・・それを啓蒙することの正しさ、というのをどうやって証明するのか、悩ましいです。

    基本的には
    「英語圏の情報を活用しなければ、マズイ」
    といったような危機感を持つことが第一歩なのでしょうが、そういった危機感を共有するには、危機感を持った人による、地道な啓蒙活動以外ないのでしょうか・・?

    (梅田氏の寄稿)
    http://www.shinchosha.co.jp/foresight/web_kikaku/u130.html

    • 竹田 昇平
    • 2008年 3月 21日

    連続になってすみません。
    ちょっと後から見てみて文章が?でした。

    ・中途半端な市場規模にもたれかかり、外の世界を見ない事
    ・一方で外の世界での急速な変化

    が相乗効果のように、日本の実態的な鎖国化を進めそうだな、という考えを書いたつもりです。

    方法は色々あれど、今はまず自分の意識を変えつつ、一方でその成熟を待たずに今日、この場で感じた危機感を地道に人と共有していく、それが今できる事かな?と思うことです。

    なんとも微力ですが・・・。

    • yishikura
    • 2008年 3月 22日

    竹田さん、石倉です。コメントありがとうございます。この間講演をした時に、英語の話が出ました。英語力がすべての原因というコメントをされた方々がおられたのですが、私は、違ったものに触れ続けるようにするか、が重要だと思っています。日本語と英語の両方がわかるようになると、なぜ言語が違うのか、という疑問が生まれますし、日本語で書いたものを英語にしようとすると明快なロジックがないことに気がつくことも良くあります。
     違ったものに触れることによって、元のもののよさも、違いもわかる、このあたりが鍵のように思っています。

    • 新良 幸太郎
    • 2008年 3月 23日

    Bennieさん、No.51さん、竹田さん、石倉さん

    議論を大変興味深く拝読しました。

    「中途半端な国内市場があることで、潜在意識として、本気でグローバルで勝負!という気概がおきない」という点で、No.51さんと竹田さんの考えは一致されていました。

    これはこれで多くの日本人が共有している今の思いかも知れないですね。

    とすると、ここを出発点に、どうやってグローバルな情報に触れていくモチベーションを日本と日本人の間で上げていくかというのを考えるのが、1つの方法かも知れません。

    まずは、「国内市場で勝者になる」思いを共有し、そのための知恵、技術、人、モノといった宝物が、ごろごろ転がっている。こういう見方で始めると良いのではないでしょうか。

    戦国時代に鉄砲を導入した織田軍は、日本を制しました。誰よりも早く、外の進んだ技術を導入したのが、勝利の決め手です。
    国内市場のシェアをアップするということは、日本企業ではごくごく普通に共有されている価値観です。多くの「鉄砲」を導入して、国内を制するというのは理解を得やすく、人々をその気にさせやすいと思います。

    そこから始めても、一緒にいろいろな海外の情報には触れることになります。違うものと接点を持つことで、石倉さんがおっしゃるように、自分のよく分かっていなかった強みや良さ、改善点を発見する。海外に目を向ける良さを実感して、意欲がまた持続していくはずです。

    • yishikura
    • 2008年 3月 24日

    新良さん、石倉です。コメントありがとうございます。いかに世界に目を向けてもらうかは、常に課題です。この間も少人数の会合で、世界が市場といったら、「でもやはり英語で食事をするのは。。。」というような話になってしまいました。
     また「世界」というと「まず日本でやってから、世界へ」という人も多いので、昨年あるセミナーで、「世界と日本のルールが同じもの」「違うもの」をリストアップしてみる(業界などに限らない)という試みをしました。そうした所、違うものが圧倒的に多くリストされました。この練習は、前者なら、「日本で。。それから世界へ」が通用するが、後者だったら、日本で。。をすると逆に世界が遠くなるのでは、という疑問から試したものです。
     いろいろな市場ー携帯がその最たるものか?-などを見ると、日本市場がガラパゴス化しているものもかなりあります。このあたりも良く考える必要があると思います。違うものとの接点を常に持つ、世界をなるべく広く見るということを忘れないようにしないとならないですね。

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