最近ブログの英語版には、Everything is relative?というテーマで、何をReferenceするかによって判断が変わる、ということを、気温や都市の状況の事例などを使って書きました。同じような観点で考えると、今回ダボス会議にいって一番感じたのは、自分の実力(のなさも含めて)です。For English=>(Partially)

オープン化が進み、世界では、国も企業も、個人もみなが同じようなレベルで、競争、切磋琢磨しています。そういう中では少なくとも、1)内容(コンテンツーしっかりした意見、見解、新しい見方、実績)と2)それを世界という場でどうコミュニケーションし、議論するか 3)周囲と協働してより良いものをつくっていくか、という力が不可欠です。 理想的には、この3者をすべて持っているのが良いのですが、一方3つのうちの何も持っていないと、21世紀の世界では存在意義がなくなり、しだいにその存在は忘れられてしまいます。

ダボス会議(だけではありませんし、ダボス会議がどれだけ21世紀の世界を代表する場であるかについては、いろいろな疑問がありますが、身近な事例として)のような場ではこうした力を持つ人々が集まっています。そこで、こうした場にいると、自分(や自分の属する組織、国も含まれると思います)の「世界における力」が良く見えてきます。

今回2年ぶりにダボスにいって一番感じたことは、世界(特にアジアー中国、インドを中心に)がどれだけのスピードで進み、力のシフトが起こり、世代がどんどん交代しているか、という点です。特にアジアでは若い世代の起業家、政治家などリーダーがどんどん出てきていて、そのエネルギー、上記3つの力を備えている人が出てきていることには圧倒されるばかりです。一方、欧米のリーダーは、3つの力を持つ人々はかなりいますし、それなりにエネルギーもありますが、相対的には存在感や力が幾分減少している傾向にあり、新興経済の勢いにはかないません。

自分の力を考えると、1)が全く不足していること、2)3)は何とかできそうなことが良くわかりました。しかし1)が基本なので、これを何とかしないと、今後はやっていけないということも良くわかりました。また私の場合、2)と3)も、かなり周到に準備をして、自分で準備の度合いに自信を持ち、納得してやらないとうまくはできない、ということも実感しました。同じような活動をしている人でも実績があり、場もたくさん踏んでいて、それほど準備をしなくても2)と3)ができる人を何人か見たので、特に自分に必要な力、活動がわかってきたのだと思います。

また参加したセッションでは、やはり圧倒的にすばらしいと思ったのは、1)を持つ人々です。こうした人々は国籍、年齢、性別、分野などは全く関係なく、世界で認められます。(もちろん2)がないとそれを知らせられませんが。。。) 私がすばらしいと思った人たちは、国籍などはほとんど関係ないし、本人もそれを意識したりアピールはしていないようでした。 自分の力を知るという点では、今回のダボス会議はとても私にとって有意義でした。