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 時間は誰にでも平等に与えられている資源です。そして、時は過ぎてしまうと、二度と取り返すことはできません。「あの時ああすればよかった」といくらいってもそのタイミングは2度と戻ってきません。特に最近のように、いろいろな活動のペースがはやく、出来事が世界に波及するスピードが増してくると、時間の重要性がもっと増しているように感じます。すぐやること、少し寝かすことなど、時間に対する感度を持っていないと、自分でも何をしたかわからないうち、時間ばかりが過ぎてしまうことにもなりかねません。 こうなると、仕事も遊びも「やった!」という感じが得られず、時ばかりが過ぎていくとあせってしまいます。

  私も時間の使い方にはいつも留意しています。特に私の場合は、何かまとまったものを書くというのが一番のチャレンジです。クラスやセミナーをする、講演をする、会議に出るなどは、外的に時間の制限がありますし、他の人と意見をいいながら進めるので、その場のペースができます。そうなると、自らがペースを作る、時間管理をしなくて良いので、時間を無駄にしなければ、楽であるともいえます。

  一方、自分で何かまとめよう、書こうという場合、アイディアがまとまるまで、ある程度時間がかかるタイプなので、それだけ事前に余裕を持っていないと、パンクしてしまいます。特に「書く」こと自体にかなり時間がかかるし、本当に言いたいメッセージが明確になるまでには、かなりのプロセスを経なくてはなりません。また締め切りが近づくとあせってしまうというタイプなので、かなり時間的に余裕がないと、パニックになってしまいます。

  特に「書くこと」が好きというわけでもないので、何らかの締め切りがないと、なかなか書く気になりません。そこで、締め切りを人工的に作るのですが、その場合も、その締め切りに「追いまくられる」という感じになると駄目なので、かなり前から、アウトラインやいいたいことをまず考えます。大体こんな構想でこんなメッセージをいおうというアウトラインを考えるわけですが、頭の中だけですると、すぐ忘れてしまうので、必ず紙(かパソコンで)書きます。一応、いいたいことはこんなことだ、とかこういう構想でいこうというアウトラインができれば、だいぶ気分が落ち着きます。それから、それを持ち歩き(頭の中と実際に)、日々の活動をします。そうしているうちも、その課題やアウトラインについては、頭のどこかで常に考えているわけです。

  そのプロセスの中で、何度かまとまった時間(最低でも2時間くらい)をとって、本文を書き始めます。私にとって、「書く」ということはとてもエネルギーを使うので、継続して数時間書き続けることはできません。30分くらいじっくり考えて、ある程度書いては、そのあたりを歩き回る、コーヒーを飲む、などということを繰り返します。それでも一日でできるのはこのサイクルが23回程度ですから、結局かなりの日数がかかることになります。この流れを事前に考えて、アウトラインを書き出すのが理想です。確かに、何度も考えると、しだいにいいたいことが明確になってきます。

  一応書いてみても、何となく構造がすっきりしないという場合もあります。その場合は、今まで書いたものを一度忘れて、本当に私のいいたいことは何かという結論から逆に考えます。そこまでにいろいろ考えているので、結論から書き出すと、それにいたる理由付けや論理が明確になるのです。こうして、はじめにから書いたり、結論から書いたり、間の事例を書いたり、と繰り返していく中で、しだいに「私のいいたかったことはこれだ!」というのが見つかるようです。 

  時間が貴重だからといって、このプロセスを省略するのは難しいように思っています。(本当はもう少し効率的にできると良いのですが)。こういうプロセスを通ることで、考えが明確になる(Crystallizeというようですが)のですから。

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