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劇団四季などの浅利慶太さんが亡くなったというニュースを聞きました。私は劇団四季のケーススタディを書いたり、劇団四季については、いろいろお世話になりました。結局、四季を離れてご自分の事務所で公演を続けておられ、私の親しい友人もそこで仕事をしています。

四季では、「創業者によく見られる」絶対的な力を持ちつづけた、という点で、教訓(時代が変わる中、リーダーがあまり長い間その地位に止まると、次の世代への権限移譲がすすまず、最終的には弊害の方が多そう)がありますが、Performing artsなど、一見、事業とはかけ離れて「象牙の塔であり続けることが良い」と思っている人たちに、ビジネスの観点をとりいれたり、政治家などのネットワークを活用して、アクションを起こした、という点、キャッツの時のように、リスクを考えてはいるけれど、ものすごく大きなリスクをとる、という姿勢は、当初の状況などを読んだり、聞いたりすると、信念が明確で、それを何とか実践しようとした人だった、と感じます。

私がとても興味深いと思ったのは、いろいろな分野で一時期を画した同じ世代に、小沢征爾、武満徹、牛尾治朗さんなどがおられて、かなり近い関係だったらしいということです。(小沢さんや牛尾さんはまだ現役ですが)。実際「美しい日本語の話し方」に書かれていて、学校でも劇団四季が紹介していて、私もよく練習している母音法は小沢・浅利のコラボレーションでできたようです。その点で、当時としてはとてもディスラプティブなやり方をあえてした人たちのグループがあり、それが力をもった、そして、どんな分野、いつの時代もこうしたグループがいるのだなあ、と。ひとつの時代が終わったという感じがします。今事務所のサイトを見て、一番最近公演を見たのは「この生命、誰のもの』だったと思い出しました。

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