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昨日9月24日のJapan TimesのOpinion ページに私のコラムが掲載されました。For English=>  タイトルは”Stop talking about innovation and act”というものです。秋にいろいろな会議やセミナーが開かれ、イノベーションが相変わらず議題になってきていることを背景に、なぜ成果に結びつかないのか、などについて、書いたものです。

この1年毎月書いているこのコラムなのですが、今回は、当初、常日頃書きたいと思っていることを盛沢山でつめこみすぎたり、海外出張や新しいプロジェクトで時間と余裕がない中で締切に間に合わせようとしたため、わかりにくいドラフトになってしまいました。締切に間に合わせて書き、編集者に送ったのですが、かなり心配(何となくすっきりしていないなあ、と自分でも思っていたので)するうちに1週間たってしまっていました。その後、「盛沢山すぎるし、構成が複雑すぎるから、どこかにフォーカスしたら」というコメントをいただき、必死で一日で書き直しました。(その頃はニューヨークにいました!)それで送ってしばらくして、「この線でOKです」というメールが来たのが3連休の前あたり。ほっとして、いつ出るかな、と思っていたら、一昨日あたりから、tweetにコメントが来始めました。私はまだオンラインで掲載されていることを知らなかったので、あれ?という感じでした。

というわけで編集者の方にはお待たせしたり、お手数をおかけしたりしたのですが、何とか書き終えました。(後で読んでみたら、私がいいたいメッセージだ!と思いましたけど)今回は日本人以外の方からのコメントやretweetが通常よりずっと多かったのが印象的でした。英語版ブログには早速昨日書いたのですが、日本語版にはこれが初めてです。記事はこちらから見られます。これまでこのコラムに書いた過去の記事はこちらです。

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    • 竹村 浩
    • 2018年 10月 04日

    石倉先生のJapan Timesの記事を読みました。
    イノベーションの議論はやっていて楽しいですが、実践というのはどうしてできないのか。
    日本人の気質としてお手本がないと安心できないのか、失敗を許してくれない社会が障害となっているのか、戦後の高度成長期の成功体験から抜け切れないのか…。あるいは、職人気質の品質へのこだわりが、モノとしての品質の完成度を求めすぎてトライ&エラーを嫌うのかもしれません。原因の仮説はあげたらきりがありませんね。
    しかし高い確率で言えるのは、先生の言われるように、今は誰もが当たり前と思って気づいていないにこと気づき、生活をもっと簡単にしてくれたり、便利にしてくれたり、時間がかからなくなる…というような「生活者のニーズ」がどこにあるのかということにかける資源とその完成度を高くしていくための生活者との対話の少なさではなかろうかと思います。

    私は現在監査役という仕事をしており、仕事柄コーポレートガバナンスや内部統制という話に囲まれています。これをよくしていく努力は非常に大切ですが、どうしても「あれをしてはいけない」、「これをやるのはリスクが高い」というような方向に話が向いていきがちです。中長期の企業価値はイノベーションなしには高まらないのにそのための議論や実践に時間と資源がかけられていないことに少なからず危機感を感じていますが、このような話は完全に「周回遅れ」だと感ぜざるを得ませんでした。

    • yishikura
    • 2018年 10月 04日

    竹村さん、コメントありがとうございます。。もう何年もこんな議論をしていることが、ちょっと信じられないような気持ちなのですが、少しは危機感にかられて行動する人が出てくるのではないか、と期待しています。

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