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3月末となると、あちこちで卒業式が開かれています。卒業式はとても意義深いイベントだと思いますし、英語ではCommencement(始まり)といわれ、新しい一歩という側面が強いように思われます。ものすごーく前ですが、ビジネス・スクールを卒業した時(MBA)に、両親がバージニアまで来たのですが、私にとっても両親にとっても、うれしいイベントだったことを思い出します。その5年後、ボストンでハーバードの経営学博士号をとった時は、両親は来られなかったのですが、友人が親代わりという感じで来てくれて、やった!という感じを強く持ったことを思い出します。(博士号は土壇場までとても苦労したので、終わった!という開放感はそれまでに経験したことのないものでした。その頃あった友人(実はその後夫)が「洋子は、何でもできる!という感じで、空を飛んでいるようだった!といっていました。)

昨日私が社外取締役をしている資生堂の株主総会のあと、資生堂学園資生堂美容技術専門学校の60周年記念感謝会にいきました。(左の写真)理事をしておられる内館牧子さんのベストセラー「どうせ死ぬんだから」の講演もものすごーく面白かった(ちょっと思い当たることもあり、幾分愕然としましたが。。)のですが、卒業式のビデオがとても感動的でした。卒業生とそのご両親が何組も出てきたのですが、卒業生の感動の涙、晴れやかな顔、そして両親の誇らし気な表情を見ていて、こういう世界があったなあ、と思いました。

米国の卒業式(日本でも一部はそうだと思いますが)は、家族が来て、これからの門出を祝うというとても素晴らしいイベントです。以前は日本にいる外国人スポーツ選手などが自分の子供の卒業式のために帰国する、という話が出ると、なぜ?というような感じが多かったようですが、それだけ意義深いイベントなのです。(最近は日本もガウン、袴などから考えて、そういう傾向になっているかもしれませんが。)いずれにしろ、ひとつの大きな仕事を終え、これから独立して新たな一歩を踏み出すという意味でのCommencementなのです。

昨日ビデオを見ていて、とても若い(20代はじめ?)卒業生とこちらも若い両親の顔を見ていて、そんなことを考えました。自分がやりたい仕事(美容)を目指して技術を磨き、2年間の訓練を終えたという充実感と自信が卒業生の涙の間に見えて、とても感激しました。自分がやりたいことがはっきりわかっている、そのためのスキルを身につける最初のプロセスを終えたという昨日見たビデオの姿は、最近、自分がやりたいことがわからない、何となく大学へ行く、という時々聞く話と好対照だと思いました。

先日ハーバード大学の学長の「誰もが才能を持っている、しかしそれを伸ばす機会が平等に与えられていない」という話を思い出して、何とか皆に「機会」を提供することを目指そうと強く思いました。私がやっているいろいろな「場」つくりーグローバルゼミ、SINCAーもそのひとつなのです。(人集め、資金繰りなどで、かなり苦戦しているので、時々挫折しそうになりますが、あきらめない!土壇場までやってみる、を実践しようと思いました。)

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