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今年は桜がかなりの期間綺麗に咲いているし、天気もとても良いので、あちこち桜を見ては、感慨にふけっています。For English=>  今年の桜はなぜか、美しくて言葉を失うほど。とても心にしみるのです。多分、人の命ははかないものだなあ、と実感したことから、満開になったと思うと、花吹雪が散る桜がとてもいとしいものの様に思えるのかもしれません。あまり大勢の人がいる有名な所より、道の両側に桜が咲いている所や、ひっそりという感じで一本だけ桜があるのもとても美しいと思います。写真も撮るのですが、それだけでなく、あまりの美しさにその場を立ち去れない気持ちになることもあります。「人生短いから。。。」という表現は時々使ってきたのですが、今年はこの表現もちょっと意味が違うような気がしています。それは私と同年代(団塊の世代です)の人や年下の人(かなりショックだったのはショーケンーずっと昔お世話になっている写真家の人の所でちょっとだけあったこともあるのです!スカッとしてかっこいいなあと思ったのです!)が亡くなったというニュースを聞いて、その人たちは自分の人生をどう生きたのかなあ、と思ったり、やりたいことをやってきたのだろうか、と考えたりしてしまうからかもしれません。平成から令和へと年号が代わり、ひとつの時代が終わったのだなあ、と感じることもその背景にあるのかもしれません。

100年人生といわれますし、日本は特に平均寿命が長いので、健康でいられれるようにすれば、良い点も多々あります。慌ただしくいろいろな事をしなくても、十分時間があるので、新しいことをいくつになっても始められる、長期プランがたてられる、などがそのメリットです。でも実際に100年人生、長く生きることはかなり大変なこともあると感じています。

私の父は97歳で、とても良いシニアレジデンスに住んでいます。(先日いろいろな書類を整理したら、もう6年以上いることがわかって、ちょっとびっくりしてしまいましたが。)1月までは毎週末、私のマンションによんで、夕食を一緒にしていたのですが、肘にひびが入ったり、インフルエンザになったりしたため、最近は外へ出ることが難しくなってきています。そこで、私がほぼ毎週末シニアレジデンスにいって、そこのレストランで一緒に食事をするのですが、時にもよりますが、次第に、口数が少なくなってきているように思えます。夕食をあまり食べないこともあり、隣で私がパクパク食べ、おいしいわよ!といったり、会話をしようとしたりするのですが、それも少しずつ難しくなってきています。以前は外へ出たり、場所を変えたりした方が良いだろう、と毎週末、父の好きなメニューを考えて、一緒に食べたり、写真をとったりしていたのですが、寒いこともあり、この所はそれができないのです。父はとても楽観的、明るい人でプラス思考、何かしてもらうと「ありがとう」と何度もいうというタイプだったのですが、昨日いった時もあまり話さないので、ちょっと気になりました。(しだいに体力も話す力もなくなっていくような父を見ているので、桜の儚さを強く感じるのかもしれません。でも今日は朝ふと思いついて、一緒に食べようと思って、お取り寄せしていた食品を宅配便で送りました!私の所へはしばらく来られないかもしれないけど、おいしいもの、好きなもの(うなぎが大好物!)は食べてほしいので。

 

 

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