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昨日、自由劇場の「春のめざめ」をみてきました。For English=> 朝4時に起き、クラス、会合、各種のフォローアップ活動が続き、疲れはて、頭も痛い!し、外はかなりひどい雨だったので、「行くべきか、行かざるべきか」とさんざん考えました。でも、せっかくお招きいただいて「出席」とお返事しているのにドタキャンではあまりに申し訳ないので、「覚悟?」を決めて、行ったのです。

「春のめざめ」を見るのは一昨年秋のブロードウェイ、昨年5月の劇団四季の初演に続き3回目でしたが、この作品は不思議な魅力があります。「サウンド・オブ・ミュージック」のように、心をうたれる、深く感動した余韻が残るという作品とは違って、19世紀のドイツの若者の抑圧された状況とそれを打ち破ろうとするエネルギーの対比が演出にもうまく出ているように思います。舞台で見る「怒り」や「悲しみ」が、舞台とは全く違うけれども、時々感じる閉塞感や各種の怒りなど、自分の状況を思い起こさせます。

今回は特に、心の中をうつすロックやダンス?、照明などに心惹かれました。この間、日本のこれからの方向性という原稿を書いていた時に感じた何ともいえない「怒り」の感情を思い出してしまいました。こうしたショーは、全く違う世界に私を連れていってくれるようでいて、同時に、同じような感情を持つ自分を発見するようで、とても不思議です。

最初にブロードウェイで見た時は、英語が良くわからず、筋も演出の狙いも知らなかったので、「何だ、これは!」という感じでした。その後、英語の脚本?(というかミュージカルの演出の背景や狙い、と脚本のセットのようなもの)を見つけて読み、いろいろなことの意味がわかりました。そうして昨年上演された時に見てみると、理解が深いためか、心に感じるものがずっと大きかったのです。 この間書いた感動ー知識のサイクルを実感してしまいました。

今回はさらに、自分にもこういう感情が今でもある(若い時だけではないという意味です)ことを知って、「怒り」という感情も大切なのではないか、と思いました。

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