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ブログやInstagraに時々写真やイベントをポストするので、ご存知の方もおられると思いますが、私の父は97歳です。6年前(確か)母が亡くなるまで、横浜の自宅で二人で暮らし、母がほぼ寝たきりになった数年は(隣に住んでおられた主治医の先生などの助けを借りながら)一人で母の世話をしていました。私は週末に行って、話をしたり、一緒に食事をしたり、掃除などのアウトソースをしていただけで、ほとんどすべて父がやってくれていました。

母が亡くなったあと、二人で探して、父がとても気に入ったシニアレジデンス(かなり大きなところ100ユニット近くあります)に引っ越し、一人で暮らしています。私のアパートからは一駅なので、とても便利だし、ケアの方々、クリニック、そしてレジデンスの方々もとても良い方が多いので、とても恵まれていると思います。(私も安心です)

でも入った時から思い返してみると、最初はいろいろなれなかったことや、母が亡くなったので気分がかなり変化したり、少しうつ病気味だったり、ベッドから落ちて頭をひどくうったり、転んだりといろいろな事がありました。当初は、外へ食事に誘ったり、私のマンションにきたりしていましたし、週末は必ずあって夕食を一緒にするとともに、毎日電話をかけていました。父も元気で電話には出ていたのですが、だんだん携帯の操作法がわからなくなってきたので、毎日ケアの方がいる時間帯に電話をかける方式に変えました。毎日話はできたので、様子はわかっていたのですが、そのうち電話で話をするのが難しくなってきました。

でも一週おきに私のマンションによんで夕食をする(それ以外の週末は私が父のところへいって一緒に食事をしたり、二人で近くの友人と外へいったり)をすることができました。

以前は歩くのがはやくて皆おいていかれるほどだったのですが、次第に足が弱くなって、ステッキ、それからウォーカーへと変わってきました。それでも何とか歩く事ができたので、タクシーで私のところによんで、車椅子で玄関から私のユニットまで連れてくる、というスタイルでやっていました。数ヶ月前に転んで肘にひびが入ってしまい、車椅子でしか移動できなくなったこともありましたが、それでも次第にまたウオーカーで何とか歩けるようになっています。

ただ以前はかなり話をしたのですが、最近はあまり話をすることがなく、黙っているので、私がいろいろ話かけたり、iPadの写真を見せたりということが多くなりました。

以前は12月の誕生日と6月の父の日に親戚や友人を読んで、一緒にランチをしていました。(左の写真)(今年は友人をよんだ日は父が疲れて行きたくない、といってきたので、Father-less Fathers’ dayをして、次の日によびましたが。。)

とこう考えてみると、だんだん体力がなくなってくるのと、会話が少なくなってくることがわかります。それでもいろいろ話かけたり、写真を一緒にとったりすると(これが大仕事!)とても嬉しそうな様子をします。

高齢化といいますが、実際自分の周りで起こると、臨機応変に対応することや、何とかエンゲージする方法を工夫するようにもなります。私がいくと、最初は険しい(多分周りの状況が気になってしまう?ので)顔をしていても、うれしそうな笑顔、やわらかな表情になるので、とてもうれしくなります。ほとんど話はしませんが、それでも私がいろいろ話せばわかるみたいです。昨日ケアの方に伺ったら、タクシーできて、車椅子で移動できれば私のマンションにも来られそうだ、ということだったので、近いうちにやって見ようと思っています。

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