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最近困っていることに、外の会合などに行くと「先生」とよばれることがあります。今の職業が教師なので仕方がないこともあるのですが、私は基本的に誰でも(年齢、職業にかかわりなく) 「xxさん」という言い方をしますし、私も「先生」といわれると、「さん」にしてください!とお願いするのがこれまでのスタイルでした。この間TEDに行った時もその後のメールでもxx先生といわれると何となく???という感じがして、「さん」でお願いします、といってきています。

「さんづけにしてください」という理由として「『先に生まれている』のではないので」といってきたのですが、最近、この理由が通用しなくなってきつつあります。やばい!まずい!と思って、別の理由を考えねばと思っていた所、たまたま日野原重明・多湖輝さんの「長生きすりゃいいってもんじゃない」という本を読み始めました。(この間のチャリティ・コンサートの場で買ったものです) このお二人は合わせて182歳ですし、何となくタイトルが興味深くて買ったのですが、その中に、「生年月日を求める履歴書の陳腐」というセクションがありました。

「世界級。。」をご一緒に書いた黒川清さんも時々、なぜ年齢を書くのか、といっておられますが、日本の新聞などメディアはとかく年齢をいれないと許されないようです。(時々、担当の方を説得して、いれないで済んだこともありますが。。)

「先生」は困るなあ、と思っていた所、最近、履歴書を出す必要が重なり、さらに、自分の(本当の)年齢が活字になったのを見つけて愕然としてしまいました。私はかなり前に「大台」にのった時から、毎年誕生日ごとにひとつずつ若くなろうと決めてその通りにやっていた(気分はという意味です)のですが、物理的年齢は増えているので、正式な書類を書く時に、この事実に直面してしまったのです。特に今会社の人事関連のニュースが多数出ている時期なので、新しい社長の紹介には大体年齢が書いてあることがほとんどです。だんだん自分より若い(といっても世界の基準から考えるととても年齢が高いですが)方々がトップに就任されることが多くなってきて、自分の実際の年齢を意識するようになったこともあるかもしれません。

このあたりで、次の新しいステップに進み、また新たな気持ちでゼロからやるのも良いのではないかなとも思っています。世界は近くなってきていますし、夢は限りなく広がります。「長生きすれば。。」にも、「師がいれば人は老いません」と書いてありましたが、常に気分は若く、尊敬する人、憧れる人をたくさん持ち、新たなことにチャレンジするのが一番のようです。

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  1. こんにちは。お久しぶりです。ミラノの安西です。

    おっしゃること、よく分かります。ぼくも地すべり的な風景の変貌には多々思います。ただ、それでも、ぼくは年齢表示は悪くないと思います。

    あることに対する意見が、どういうバックグランドから出てきているのかを知るのは大切です。Aという意見の判断をする際、20代の人のものか、40代の人のものかで見方が変わってくるのは当然です。「まだ経験がさほどないのに、これだけの理解をしているのか」と「これだけの経験があって、この程度の理解していてしないのか!」という差異を無視するわけにはいきません。その差異に基づいて、明日のあり方を考えるのが自然です。

    高齢だからといって、それだけで考えが古いという風潮こそを崩すべきです。同時に、若いだけで未熟とする風潮も崩すべきです。最近日本で多い世代論争の不毛な点は、ここにあります。年齢をはっきりさせた上で、お互いを尊重する文化を創ることに意味があると思います。「あの人、もう90歳近いのに、30代みたいに頭が柔軟だ!」という賞賛する文化があることは重要です。

    因みに、イタリアの新聞記事でも年齢は普通に表記します。それは不要に高年齢の人間を揶揄したりする土壌がないことを逆に示しているとも感じます。

  2. 石倉さん

    ご無沙汰しています。上海からです。年齢についての石倉さんのお考えは共感するところがとても多いです。ミラノの安西さんのお考えもなるほどなぁ~と思うところもあります。

    私はやはり年齢は知り合ってしばらくしてから、自然と知るのはいいですが、最初から年齢ありきというのはいやです。韓国や中国では、もっと年齢が先走ります。まずは年齢を聞いてから、年上なら年上に対する呼び方やマナーがあるからです。

    私もいつもまず最初に「あなたいくつ?」と聞かれますが・・・まあ、適当にごまかしておきます(笑)。
    でもここはアジアですから、干支までしつこく聞かれて、いつもいやになります。

    ただ、上海に滞在して何年?という質問を私はまず外国人同士ではします。この国の事情をどれくらい知っているか、体験しているかによって、お互いの話の内容や興味がまったく違ってくるからです。

    住み始めて3ヶ月という人と5年という人では、基礎知識がまったく違うので、まずは住み始めて何年?というのが年齢より何よりも貴重な情報源となります。

    白髪混じりであろうが、20代であろうが、まずは「上海に滞在されてどれくらいですか?」
    と聞いてから会話がスタートします。

    いつもブログ楽しみにしています!

    • yishikura
    • 2010年 5月 22日

    安西さん、石倉です。コメントありがとうございます。
    そうですね、年齢でいろいろ決めようとする所が??だと思います。年齢を基準にすると誰も反対できないので、リーダーを決める場合など、年齢にしてしまうのは、「安易」なやり方だと思います。基準自体をどうするか、という議論を避ける傾向もあるようです。

    • yishikura
    • 2010年 5月 22日

    Toshiko san、石倉です。コメントありがとうございます。どれだけ上海にいるのか、から会話が始まるというのは興味深いですね。上海のように変化のスピードが速い所だとそうでしょうね。そこに住む人ならば、この質問はとてもRelevant なのでしょう。
    一方、たとえば日本で話す時などは、ある地域や都市のどの時代を知っているのか、というのも関連するかもしれませんね。昔のxxを知っているというのは、変化のスピードが速い所では、逆に問題になることもあると思うので。知った気になっているが、現在を知らないという点で。

  3. 安西です。

    ここで書かれていることは、かなり重要だと思うので、ぼくのブログで引用させてもらいました。1) 公共空間でのアウトプットの場合に年齢をどう扱うか 2)無理のない自然な文化をいかに創っていくか、その際、年齢表示はどうあるのがよいか という二点にテーマを絞っています。

    http://milano.metrocs.jp/archives/3369

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