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以前から感じているのですが、日本では(と大げさですが)、新しいことを学ぶ、新しいことができるようになる、新しいところへ行くと、などという行動のプラスの側面ではなく、「これをしないと。。。大変なことになる。だから。。こうしなさい」的な教え方、話し方が多いように思います。先日も「はやく食事をしないと、皆いなくなってしまいますよ」とレストランで一緒の席に座った人を脅かしている(と私には見えました)光景を見ました。子供に対しても、「こうしないと、置いていかれる」というような言い方をしているのを時々聞きます。(Disciplineを教えるのは別ですが)、脅かしてやらそうとしても、「やらされ感」と「これは楽しいことではない」という印象しかもたないと思うので、アプローチが全然違うと思うのですが、こうした言い方・考え方がよくみられるように思います。英語では最近どう?と軽い感じで”What’s new?”という言い方をするのと対照的?(最初は新しいことないのに、何と答えたらよいのか、と思ったこともあります。この質問に正面から、”Nothing”というのはteenagerくらい?)

英語ができないと、これからはやっていけない、とか、世界を見ない知らないとダメ、などと受け取る人(そしてそうした印象を与える人)が多いようです。先日高校生と話をした時に、「皆グローバルというけれど、どうしてもそうしないといけないのか」という質問がでました。私が世界は広いから、何でもできる!というトーンで話をした後だったのですが、私も上記した人たちのように「こうしないとダメ、他の道はない」という印象を与えたのかな、とびっくりしてしまいました。その時は、「皆が世界で活躍する必要はない、外国にいきたくなければいかなくても全然構わない、自分でやりたいことを見極めれば良い」というような答えをしたと思うのですが、これに似た経験は何度かあります。

「こういうことができるからしたら?」というと、それを逆に解釈して、「それをしないと自分は負け組?になってしまう」と感じたり、強迫観念にとらわれてしまう(ちょっと意味が違うかもしれませんが)らしい、ということにしばらく前に気がついて、「xxをしないと。。」ではなく「XXができるようになると、こんなに面白いこともできる、世界が広がる」といういうポジティブな言い方にするように心掛けているのですが、高校生とのこのやりとりと先日のレストランでの経験から、やはり「xxしなければならない」というある種の「正しい答え」症候群がまだ根強いらしいと思い当たりました。

今、新しいアイデアを持つ企業や人をどう扱うか?(主に日本社会、企業では)を調べているのですが「わけがわからないことができるかもしれないテクノロジー」(イノベーションや新しいテクノロジーはだいたいそうだと思うのですが)は「面倒だ」とか「わからないといや?」という拒否感が結構強いらしいと実感しています。「正しい答え症候群」は、何が起こるかわからない環境では一歩も足が出ないだろう、と思いますし、「わからない」状況だと意思決定もできず、行動が始まらないという日本社会の動きの遅さにつながるのではと思っています。日本社会は総じてイノベーションの意思決定にスピード感覚がないとか、いろいろ言いますが、子供の時から社会人になってでも「xxしないと。。。」が染み付いているのがひとつの大きな原因ではないか、と。まだいろいろ考えている真っ只中なので、まとまっていないので、作業中ですが。。。

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