記事の詳細

数日前に槇原稔さんが亡くなったというニュースを知りました。槇原さんとは、かなり前のダボス会議などでお目にかかり、ユーモアのセンスがあり、カッコをつけない自然体(とご自分の「私の履歴書」にも書いてありました)のビジネスリーダーだなあ、と思っていました。どんな経歴かほとんど存じ上げなかったのですが、日経新聞の「私の履歴書」に書いておられた時(2009年)に、お父様が12才の時に(戦時中の)海外出張の途中で撃沈されて亡くなったこと、お母様が一人息子の槇原さんを米国に留学させたことなど、意外な話がたくさんあり、私自身も米国留学の経験などから、色々感じることがあって、ブログにその話を書きました。そうしたら、私の履歴書が書籍になった時にあとがきにそのことを書いていただいて、またびっくりしたのです。(2011年の私のブログにもでています)

その後、会議もですが、オフィスに伺ったり(ランチをご馳走になったこともあると記憶しています)していました。クリスマスカードなどはやりとりしていましたし、ハーバードの集まりやダボス会議関連の会合などでもお目にかかることがよくありました。

その後、相談役でいらした時に、(多分ここ数年の間?)しばらくご連絡していなかったのですがどうしていらっしゃるかなあ、と思い、どこへ連絡したら良いかわからなかったので、色々調べて三菱商事の秘書室に連絡しました。それでまたコンタクトすることができました。(この辺りが電話でお話ししたのか、メールだったか定かでないのですが)。最近の活動を説明したり、という感じでした。

トップとしての仕事の時はわかりませんが、私が遭遇するどんな時でも、いつも変わらず、落ち着いた感じで、楽しそうだった!のが印象に残っています。米国では Ben Makiharaだったので、Benという日本人はあまりいないような気がするのですが)、その名前を聞いた時はふーんと思ったことを覚えています。

90歳ということですが、最後にお話しした時はお元気そうでしたし、色々活動しておられるようでした。良い人生だったのではないかなあ、と思っています。このような方を知って、それほど頻繁ではありませんが、コンタクトできたのは、まさに私の大きな財産だと思います。

関連記事

コメントは利用できません。

アーカイブ

ページ上部へ戻る