記事の詳細

最近時々、いろいろな会話や会合で、時代の認識や世界観がとても違うと感じることがあります。その時はいろいろコメントするのですが、ほとんどの場合、その場にいるほとんどの人には、メッセージが届いていないような気がします。以前、いろいろな分野のリーダーや「専門家』のインタビューなどを読んだ時に、これは散々聞いたり読んだりしている話だなあ、と思ったことがあり、なぜこういうことになるのだろう、と疑問に思ったことを覚えています。

この2つは多分関連していて、インタビューや話を聞かれる人はいろいろなメディアによって同じようなことを繰り返し聞かれ、ほとんどの場合過去のことを説明することになってしまうからではないか、と思いました。(FAQも同じかもしれません。便利といえば便利ですが)つまり自分の過去の活動などを説明しているうちに、その時代、世界だけの「引き出し」に閉じ込められてしまうのではないか、と思ったのです。

すでにできている「引き出し」(例えば、若手で大胆でイノベーティブな起業家、女性で初めてのxxスポーツのコーチなど、年齢、性別、学籍など)に入れて、整理する傾向は誰にでも、どこにもありますが、何度も同じ引き出しで整理された形で話を聞かれると、自分自身もその引き出しから出られなくなるのでは、と思ったのです。(先日やったSINCAではインタビューのロールプレイをしたのですが、こうしたことは考えていなかったのですが)

この数十年は変化が大きいので、今までの引き出しは通用しないのですが、引き出し自体が変わらないことの方が多いように感じます。引き出し自体を変えるには、というアイデアは「壊す」以外に思いつかないので、人に話を聞くときのアプローチを変えてはどうか、とちょっと姑息?なことを考えました。(これは私自身がトークシリーズやインタビューをしている時に試して見ようと思っているアイデアです)

 最初の質問を「あなたは明日、来月、来年何をしようとしているのですか?」として、過去に引き戻されることをまず避けるのです。将来何をするのか?を聞けば、それはなぜですか、何が新しいのですか?など、その気になれば、過去の話もカバーすることができると思うのです。

今はどうか知りませんが、以前は歴史の授業が過去のことに時間を使いすぎて、最近の話をする時間がなくなって、結局かなり端折ってしまうことがよくありました。また国についてのコースなども、自分の国のことに時間を使いすぎて、世界の中での自国の位置付けなどをカバーする時間がなくなってしまうようでした。

もちろん歴史を知る、自国のことを知るのはとても大切なのですが、コンテクストをどうおくか、を忘れると、かなり問題ではないか、と思うのです。バランスをどうとるか、ということですが、私達は自分が慣れ親しんだ情報源(例えば日本語、年齢にもよりますが、既存のメディアー新聞、テレビなど?)に時間を使いすぎて、あまり知らない分野を探そうとしない、(何を見たら良いかわからないということもありますが)などから最初に書いたような時代認識や世界観になるのではないか、と考えたので、最初の質問を変えるのはどうだろう?と考えたのです。

このところ感じていることが頭を離れず、そこから考えたアイデアなので、まずインタビューをするときに試してみようと考えています。

関連記事

コメントは利用できません。

アーカイブ

ページ上部へ戻る