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先日、母の誕生日に父の納骨をしたと書いたのですが、そのブログをみて、場所を教えてというメールが、友人からきました。ウェブサイトなどを紹介している時に、なぜ両親はこの墓地にしたのだろう、それも合葬式納骨施設にという疑問へのヒントを見つけました。

日野公園墓地にしたのは、以前住んでいた実家の近くだったし、横浜市営、山の上で景色が良いからだろう、と思ったのですが、合葬。。は?と思っていたのです。それで、以前二人が「千の風」のことを言っていたこと、お墓はあると来なくてはという気になるので、遠くまで来るのは大変だし、思いだしてくれればそれでいい、さらには二人が一緒ならどこでも、どんな形でも良いと思ったのだろう、と気がつきました。

父は、若い時に弟や母が続けて亡くなったことがあって、お葬式に関連することをとても嫌っていました。母も形式にこだわる人ではなかったので、一人のこる私(私の夫は20年近く前に亡くなっています。下のモノクロ写真は籍を入れたときに、パーティをしたときのもの)に負担にならないように、と考えてくれたのではないか、と気がつきました。

私が約10年闘病の末、夫を亡くした時は、悲しんでいる私をどうしたら良いかわからない様子が両親二人ともに見えましたが、母を亡くした時に、父が、「ずいぶん悲しかっただろうね」と言っていたことがありました。その時もはっとしたのですが、自分が経験をすると初めて、同じような経験をした人の心がわかるのだろう、と思います。悲しみは時間がたつと次第に優しい気持ちに変わるようです。

両親のことを思うと、ビジネススクールの卒業式にも、住んでいたボストンにもきたし、色々できたかなあ、と。(左上はボストンの私のアパートで、アイキャッチ画像は、バージニアのビジネススクール卒業式に両親がきた時に、バージニアのHost parentsとー二人ともまだ元気ですーと一緒に撮ったものです)

 

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