記事の詳細

会議など以外で海外に来ると、外国の家族の様子がいつも私の興味を引きます。For English=> 私は子供を自分で育てたことがないので、(Step sons & daughterはいますが、いずれもTeenagerでしたから小さい子を知らないのです)、小さな子供がいる家族の様子を見ているといろいろなことに気がつきます。

一番印象に残るのは、子供の頃からある種のことについては自分で決めること、一方、ある種のことについては、必ず両親(特に母親?)の許可を得なくてはならないというルールがあるように思われることです。もちろん私が見るのは、北米の家族が多いので、これが世界一般ではないと思います。

たとえば昨日もレストランで2人の子供(3歳と5歳位か?)のいる家族が近くのテーブルで何を食べるかを決めていました。お父さんが子供向けメニューの項目を2人の子供に説明?して、どれにするか?と聞いていました。パスタでも、どんなソースが良いか、など子供の決定を促していました。親が決めてしまえば楽?かもしれず、こうした会話をするのはかなり忍耐心が必要だと感じました。同時にこうした意思決定を子供の頃からさせられるので、「決める」習慣ができるのではないか、と思いました。自分で選んだソースなので、気に入らなくてもしょうがないわけで、自分の決定に責任を持つ習慣がつくのかもしれません。 こうした光景は他でも良く見ることがあり、いつも印象に残ります。

一方、「公園にいってよいか」とか子供がしたいことについては、両親の許可を得る(勝手にすると厳しく両親に叱られる)というルールも徹底しているように思われます。(小さな子供の場合) 誰が決めるかというルールがはっきりしているのかもしれません。

関連記事

コメント

  • トラックバックは利用できません。

  • コメント (1)

    • Penguin
    • 2012年 2月 23日

    石倉先生、こんにちは。

    私は日本育ちのいわゆる純ジャパ(上智でよく聞く言葉でした)だったのですが、なぜか私の両親は割りと「どっちがいい?何がいい?」と子供である私に聞くタイプだったように思います。そのせいもあり、北米にいることもあり、もうすぐ2歳半になる娘にも、よくいろいろ聞きます。朝、その日着ていく服や、髪の毛を結ぶゴムの色は何がいいか、とかお菓子のうち、どちらが食べたいか、など、です。

    もちろん「ダメ出し」もあることはあるのですが、黄色とピンクどちらがいいか、あるいはイチゴなのかみかんなのか、という単純なことでも「意思決定は練習の繰り返しだし」という思いもかすかにあり、できる範囲で本人に決めさせるようにしています。でもまだまだ発展途上?ですから、一口食べて「やっぱりやだ!」となることもありますが、それもそれで経験ですので・・・。

    ちなみに、私が3歳くらいで、出かけた先で何が食べたい?と聞かれたときの答えはだいたい「天ざる」でした。

コメントは利用できません。

アーカイブ

ページ上部へ戻る