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 最近たまたま仕事でオーディションのような機会があったのですが、私は落ちてしまいました。オーディションというのはMetaphorなのですが、(最近ミュージカルや演劇などをよく見るので、考えてみたら、オーディションに落ちたのと同じだと思って、この言葉を使ってみました)、これまで主役がやっていた役回りが空き、それをやりたい人は、どれほどやりたいか、そして自分のユニークさは何かをアピールするというものでした。

 前にこのような話が出た時は、私にはあまり関心がなかったのですが、今回は、ちょっと考える所あり、またやりたいことができる可能性もあり、良いタイミングでもあったし、これはひとつの「機会」(Strategic Windowということもあります)ではないかという感じ(分析的ではありません、直観です)がありました。そこで、とりあえず挑戦してみようかなという気持ちになりました。数日考えて、(すぐ手をあげて手ひどい失敗をしたことは何度かあるので)、「やはりやりたいという気持ちは、示すべき」と思ったので、手をあげました。

 結局はその役を得ることはできなかったので、残念ではあったのですが、自分としては「やりたい」と意思表示をしたこと、そしてその背景にはそれなりのニーズやタイミングがあったことから、結局役はいただけなかったのですが、「後悔」の念はありませんでした。やりたいと言い、結局実力がなくてできなかったのは、やりたいのにそう言わず、あとで「意思表示をすればよかった」と思うよりは、ずっと良いと思いました。 

 よく考えてみるとBroadwayなどではこうしたオーディションが日常茶飯事、どんな経歴を持つ人も持たない人も横一線でオーディションを受けるわけですから、さすがにすごいなあと思います。

 また力をつけて次の機会を狙いたいと思います(といってもミュージカルやお芝居に出るわけではありませんが。。。)

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