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 先週、世界経済フォーラムが企画したGlobal Risk Workshopに参加する機会がありました。=>For English

  今年発表されたGlobal Risk Reportの紹介があった後、出席者が考えるリスクの中から3つをその場の投票で選び、3グループに分かれて、「日本にとって、このリスクはどのような意味があるか」「そのリスクに対して日本が貢献できることは何か」を議論しました。 議論自体もなかなか興味深かったのですが、私にとって一番有意義だったのは、メンバーの中で若い世代の方々が各グループの議論をリードし、そのレポートをしたことです。

 こうした会合ではとかく「常連」の発言が多く、それにふりまわされてしまうことがあります。私がこのブログを始める直前の1年半前の夏、このようなグループでの議論のFacilitationをやらせていただいたのですが、これ以上ない!というほど振り回されてしまい、まったくまとまらず、終わった後はがっくり!それに参加された方々にも(特にサポートしてくださった方に)申し訳なくて、あとでお詫びの手紙を書いたほどです。

  しかし今回は何しろ若い方の議論の進め方もとても上手だし、さらに全体へのレポートの仕方も見事!としかいいようのないほどだったので、ただただ感心してしまいました。

 また若い方々からの意見はとても新鮮なものが多く、とても考えさせられ、同時にたのもしく思いました。 意見の中には、「なぜこれほど『日本』にこだわらないといけないのか」「日本が貢献というとリードしなくてはならないと思いがちだが、そうでないやり方もあるのでは」など、こうした会合ではあまり聞けない意見がありました。(たまたま夏野剛さんの「日本全体の課題を50代だけで議論してよいのか」というコラムを見つけました。これは全くその通りだと思います)

  多様な新しいメンバーをどんどんいれていくことがいかに大事かと思います。一番手っとりばやいのは、私がまずもっと若い方に代わることだと思います。そして私自身は、違う種類(年代、分野など)の方々との会合に行くのが良いと思います。(何しろいっているだけではだめで、自分で実践しないとダメですから)

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コメント

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  • コメント (2)

    • Ben
    • 2009年 4月 30日

    私も業界の意見交換会などに出席した際に、過去に業界に対して優れた貢献をされた方々が、ご自分の持ち時間中ずっと、全体のContextとは関係の無い(しかし結構説得力のある)自説を延々を述べられ、数名がバラバラにそれを繰り返すという現場に居合わせたことがあります。こうなると司会の方は気の毒で、また、若い参加者は、発言のしようもないままとにかくランダムな意見を「拝聴」して帰る、という形式になってしまったことがあります。あまり何も生み出さなかった時間でした。

    こうしたミクロの会合でも、企業経営でも、あるいは国家間の調整でも何か通じることがあるように思います。

    いつでも必要なのがリーダーで、リーダーの役割のひとつは、参加者の仕事の障害を取り除くことで、その意味ではサーバントでもあると思います。障害の取り除き方は、全体をグイグイ引っ張ってそのベクトル以外の意見を許さない、というどこかの超大国のようなスタイルもあるでしょうが、もっとも困難で、しかしもっとも賞賛されるべきは、多くが信服する価値観や将来の共通目的を示し、そこで各参加者がどう活躍できるかに心を砕き、モメンタムをつくり、障害があれば取り除く、といったことになると思います。

    これはむしろ経験豊富な人間なり国家でなければできないことだと思います。若すぎる人間や国家にはこのロールは難しいかもしれませんので、人間であれば40歳以上(?)が向いていると思います。

    過去の栄光にとらわれて、その話を繰り返さずに、むしろ新しいロールを買って出れば前述の業界の大家の方々も新たな価値を生み続けられるんですが、、、、

    Ben

    • yishikura
    • 2009年 5月 05日

    Dear Ben、石倉です。コメントありがとうございました。(返信が遅くなってしまい、すみません)
    そうですね。ディスカッションを建設的に進めていくためには、年齢、肩書などにかかわらず、事実の前にはみな平等、意見はみな貴重、批判はしないというように、その場でのフラット化、ルールの設定も大事だと思いますし、それを参加者がフォローすることも大事だと思います。

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