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昨日4月24日の朝、世界経済フォーラム(WEF)のJapan Meetingが開かれました。For English=> テーマは日本の新しいモデルでした。世界経済フォーラムのニューヨークオフィスや競争力調査を担当している人たちが来日し、日本側もWEFのパートナー企業、グローバル・アジェンダ・カウンシル(GAC)のメンバーが中心の朝食会、もっと多くの参加者を集めた2つの分科会、まとめの昼食会がありました。

私は分科会のひとつである「日本の国際競争力」とテーマとするセッションのモデレーターをしました。議論は、そもそも競争力とは?、「国の競争力」を評価することに意義があるのか、項目ごとにばらつきがあるのにそれを平均してスコアをつけると現状をあらわしていない、日本の強みを世界にアピールして世界に貢献しつつ、日本の成長を目指すためには、具体的なプログラムの事例など、多岐にわたりました。

もうひとつの分科会のテーマは国際社会に対する日本の貢献・協働というもので、こちらはかなり具体的なプログラムが議論されたようでした。(昼食会で、分科会のレポートバックが行われたので)

コメントで興味深かったのは、世界に触れているグループと日本のことだけに集中しているグループがあり、その認識の違いが大きいので、そのギャップを埋めるためにこうした会議を見える化するとよい、選択と集中のレベルを見極めて実行する、個人個人が当事者意識を持って、できることをする、危機感が不足しているなどでした。

私は基本的にはこうした会議(クラスもそうです)は見える化するとよいと思っているので、自分でもしようと思っています。(セミナーやクラスもみな公開したらよいと思っているくらいなので)

後になっても考えさせられたのは、「危機感が不足している」というコメントでした。危機感は持っているだけではだめで、何か行動にうつさねばなりません。危機感を持っているが何もしない、というのは結局は「危機感を持っていない」ことだと感じます。昨日の会議でも本当の意味で「危機感を持っている人が多かったか?」というと、わたくしにはかならずしもそう感じられませんでした。たぶん、今それなりの力や地位にある人たち(相対的に年齢が高い)は、たぶん危機感を持たないかもしれないのではないか、と思いました。

逆に私が20代だったら、とても大きな危機感を持って、少なくとも何かをしているのではないか、と思いました。このまま日本の学校にいっていても、世界で生きていけるようにはならないのではないか、と思うからです。 この間も書きましたが、日本は住みやすい国であり、相対的に安全ですし、気候もそれほど厳しくないですし、交通、通信などインフラも比較的整っていて、暮らしていくのに多くの苦労があるわけではありません。日本語も通じるし、日本語で読めるものも多いし、あえて外へ出て行かなくてもよいかな?という誘惑にかられるかもしれません。でも今後何十年も生きていくには、力が開発できないのではないか、と感じるからです。 昨年書いた「グローバルキャリア」でも、今私が20代だったら何をするか、ということを書きましたが、ここ1年の世界の動き、日本の状況を見ると、もっと危機感が増していて、いろいろな活動を昨年よりはもっと必死でやっていると思います。 と考えると、すでに地位を持ち、先がそれほどない人たちが危機感を持たないのは当たり前ともいえるのではないか、と思いました。もちろん例外はありますが、一般的には今のEstablishmentのリーダーに危機感を持ってもらいたいというのは基本的に無理なのではないか、と思ったのです。

いつもいっていますが、若い人(心がも含まれます、先日、まさに危機感を持つ方ーたぶん80代か?にお目にかかり、圧倒されました!)は、自分の人生をこれからどうするのか、自分で考え、行動を始めるのがよいと思います。 私は20代ではありませんが、何をしたらよいか、そのためにどんな働きかけをしているか、はまた続きで。(可能性はたくさんあるので)

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