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昨日、「危機感、日本の。。」で、長い人生を前にしている若い人は、今後の世界、日本の位置付けについて危機感を持つのではないか、と書いたのですが、なぜそう感じたか、また何か希望の兆しはないのか、について、その時の議論から、思い出したことがあります。(ここ数日ぶっ続けで、いろいろな分野の人にあって話をしているので、頭がかなり混乱しているというか、いろいろなことが頭の中で組み合わせられたり、つながったりしているのです!)

ひとつは、議論をしても、いかに「実行」へのハードルが高いか、を再認識したことです。戦略会議などでもいろいろな提案がなされますが、実際にそれを進めようとすると、既得権益の壁にぶつかり、なかな実施計画が進まないという状況を目の当たりにしたからです。

この会合でも何度か、「xxすることが必要ではないか」とか「優先順位を決めて選択と集中を」という話が出ましたが、そのほとんどはすでに議論しつくされていることであり、ただ実行への一歩が不足していることが、参加している方々の話から推測できました。戦略会議や審議会などの外にいる私たちはどんなことが実行されているのか、にしか関心が向かないため、それまでに行われる議論にまで理解することができず、「どうしてこう考えないのか」とか「なぜこれができないのか」などと思いがちなのです。

ずっと前ですが、規制改革委員会の委員をしていた時も、同じようなことが多く、議論するのがむなしいと思ったことがよくあります。だからといって、先日も話にも出ましたが、何も実行されていない、ということではないのですが、課題が大きく、解決案が抜本的であればあるほど、実行へのハードルが大きく、なかなか難しいようです。

実行のハードルが高いという点を再認識したため、危機感がないのでは、という昨日のコメントにもつながったのですが、もうひとつ、勇気づけられたこともありました。それは、会議で出た「やっと日本でも『検証』がされるようになってきた」というコメントです。

実行されないひとつの理由は、既得権益を持つ人が提案に反対するということもありますが、実行されても効果が測定されていない、本当に目的を達成したのか、を検証する習慣がないことがあると思うからです。提案を実行するとどんなことが起こる(これは提案の目的や期待成果でもあります)か、そのコストや問題点は何だったか、ということが実行されているプロセスでもモニターされていないし、その結果が検証されていないのです。

24日の会議では震災・津波・原発につぃて、複数の委員会で検証が行われていること、それによって、これまでは見られなかった「検証」への一歩を踏み出し、検証するという姿勢が定着する可能性があるというコメントがされました。

これはとても期待できることだと思います。個人も、何か目標を決め、計画をたて、実行するのですが、本当にその活動で目標が達成されたか、他により良い方法はないか、できなかった場合はなぜできなかったのか、どうすればよいのか、を検証することが大事です。しかし、事実ベースで検証をしないでまた同じことを繰り返すことは良くあります。

「検証」は今回のキーワードであり、これが確立されれば、実行への拍車がかかると思います。国際会議などで良く感じますが、以前は「xxをします」といっていても良かったのですが、最近では、「xxをしようと考えてやったら、xだけ達成した」とか「OOを達成した」などと実績がなければ全く信用されなくなってきています。それは情報技術の進歩によって、結果が見えるようになったことが大きな原因でもあります。

やっと検証がされ、実行する基盤が整ってきたのではないか、と期待が持てると感じています。私たちも目標を決めたら、そのための活動の進捗を見える化して、モニターし、進んでいない場合軌道修正などをすることができるようになっているのです。これはとてもすばらしいことだと思います。

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