記事の詳細

 母の日は、5月10日でしたので、今や、次に来る父の日(今年は6月20日)のことを考える時期ですが、遅れた母の日に思うことがあります。それは母のような(Mother like figureといったらよいのかもしれません)人たちのことです。私には、母がいますが(今、かなり体力が弱っているので、とても心配です)、それ以外に母のような役割(というか私が勝手に思っている)人が何人かいます。

 特に明日5月23日はビジネス・スクールに留学していた時のHost Parents, Host motherの誕生日です。(女性の年齢を書くのはマナーに反するので書きませんが、大台です!私がバージニアにいた頃、Host fatherと一緒にやはり大台の誕生日をSurprise Partyで祝ったことを思い出します。)米国時間に合わせて、電話をして、 Happy Birthdayというのを楽しみにしています。。。

  一方、今年は米国で私が母のように思っていた人が二人亡くなったので、とても寂しい思いをしています。一人はフロリダ、もう一人はニューヨークの方ですが、二人とも明るく、元気、常に前向きで、会うと楽しく、いつも私のことを気にかけていてくれました。ブログ読んでるからね!といっていたり、新しい本を紹介してくれたり、ととても勇気づけられる二人でした。亡くなったことを実感するのは、ニューヨークにいって、電話をしようと思ってもできないことに気がつく時です。いつもニューヨークではブランチを一緒にしていたり、フロリダにも電話をして話していたので、この間いった時は、電話をしようとして、「ああ、もう電話はできないのだ」と思った時にとてもさびしい気持ちを実感しました。

  風のようにどこにでもいる、どこかから見守ってくれるとは思うのですが、やはりさびしい気持ちは変わりません。ですから、今厳しい闘病中ですが、日本の母と、明日誕生日を迎える米国の母は大事にしなくては、それも思っているだけではだめで、やはり行動をしなくてはならないと強く思います。 

関連記事

コメントは利用できません。

アーカイブ

ページ上部へ戻る