先週11月2日、慶應の三田キャンパスで寄附講座「イノベーションとリーダーシップ」のセッションをしました。昨年は、同じ寄附講座がSFCで行われていて、竹中平蔵教授によんでいただき、数十年ぶりにSFCにいったのです。(全く様変わりしていてびっくりしました!)

今年は三田キャンパスに場所を移して行われており、日程も決まっていたので、三田キャンパスで、いつものように?迷った末、クラスにたどりつきました。昨年と同じ話をするわけにはいかないので、最近書いた記事を配布資料とし(事前に配布されるものとばかり思っていたのですが、その日でした!))、「Divide からConnectへ」の話をいれました。

日本の大学では良くみられますが、前の方の席があいていたので、クラスの真ん中辺までいって(それ以上はマイクのコードが足りなかったので、進むことができない!)、まず質問から始めました。 「イノベーティブなリーダーというと誰が思い浮かびますか?」というのが最初の質問でした。ここでもまた声なし!という良くある日本(大学だけではない!)のパターンになりそうでしたが、数人が具体例を出してきました。その後も、「xxxというと?」という質問を2度位続けました。あまり発言がないので、どんどん指していくと、しだいにいろいろ発言する人が増えてきました。一方、外国でこのやり方をすると、一斉にといって良いほど皆から手があがり、発言したい人がたくさんで、どう交通整理をするか、の方に神経を使います。全く逆です。

その後、かなり一方通行的な話になってしまった後で質疑応答をしましたが、その時は、だいぶ質問が出てきました。結局は、時間切れになり、クラスが終わった後も数人が残っていろいろ質問されました。キャリアの質問などが多く、個人的なものもあったので、皆の前では質問をしなかったようです。

その時いうのを忘れてしまったのですが(最近、他の場ではかなりはっきりいっています!)、自分から発言しないと、誰かが「意見を聞いてくれる」という時代は過ぎ去りつつあります。以前は、周囲が気を利かせて?、「貴方はどう思う?」と聞いてくれることもあったのですが、今世界では、発言したい人がたくさんいるので、聞いてくれるという行動がほとんどなくなりつつあるのです。黙っていると、「この人はいうことがないのだな」「自分の意見や主張がないのだろう」と思われてしまうのです。それだけアジアの若い世代も(以前は、欧米が中心でしたが)、どんどん発言するようになってきているのです。

「謙遜」は美徳でもありますが、それと自分の価値を周囲に認めてもらうこととは相いれないものではない、と私は思います。自分の意見を持ち、それを自ら主張することは、当たり前のことだと思います。

また自分の意見をわかりやすく主張するためには練習が必要です。最初からうまくいくことはないので、何度も自分で試してみて(これはテキストを読んだのでは得られません!)、どういういい方をしたらわかってもらえるか、を研究する、また説明しているうちに自分の意見が明快になっていくということだと思います。

「個」には限りないポテンシャルがある時代になりつつあります。いかにその機会を活用するか、そして世界の若い世代はその必要性とやり方を発見しつつあるか、を自ら知ることです。